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鳥羽天皇陵
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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(ページの作成:「鳥羽法皇は、鳥羽離宮安楽寿院にて崩御した。あらかじめ建立されていた三重塔に葬られた。近衛天皇の新御塔に対して「本御...」) |
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| - | + | 鳥羽法皇は、鳥羽離宮[[安楽寿院]]にて崩御した。あらかじめ建立されていた三重塔に葬られた。近衛天皇の新御塔に対して「本御塔」と呼ばれた。当初の建築は1296年(永仁4年)に焼失し、建武年間に再建されたが、1546年(天文15年)に焼失した。1612年(慶長17年)に仮堂が建立された。文久の修陵においては、仮堂が撤去され、法華堂が造営された。仮堂は安楽寿院薬師堂となったが、1961年(昭和36年)に第二室戸台風によって倒壊した。 | |
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| + | File:Toba-tenno-ryo_002.jpg|入口 | ||
| + | File:Toba-tenno-ryo_003.jpg|制札 | ||
| + | File:Toba-tenno-ryo_004.jpg|拝所 | ||
| + | File:Toba-tenno-ryo_005.jpg|陵碑 | ||
| + | File:Toba-tenno-ryo_001.jpg|法華堂 | ||
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2011年8月22日 (月) 時点における版
鳥羽法皇は、鳥羽離宮安楽寿院にて崩御した。あらかじめ建立されていた三重塔に葬られた。近衛天皇の新御塔に対して「本御塔」と呼ばれた。当初の建築は1296年(永仁4年)に焼失し、建武年間に再建されたが、1546年(天文15年)に焼失した。1612年(慶長17年)に仮堂が建立された。文久の修陵においては、仮堂が撤去され、法華堂が造営された。仮堂は安楽寿院薬師堂となったが、1961年(昭和36年)に第二室戸台風によって倒壊した。