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妙心寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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*591愚渓慧忠(1859-1944):五葉愚渓。 | *591愚渓慧忠(1859-1944):五葉愚渓。 | ||
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*597昭隠会聡(1865-1924):川島昭隠。 | *597昭隠会聡(1865-1924):川島昭隠。 | ||
*606徹宗智性(1879-1937):神月徹宗。 | *606徹宗智性(1879-1937):神月徹宗。 | ||
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2018年2月8日 (木) 時点における版
妙心寺(みょうしんじ)は、京都府京都市右京区花園にある臨済宗の本山寺院。臨済宗妙心寺派大本山。大徳寺と共に応灯関派の拠点。関山慧玄が花園上皇に招かれ創建。花園御所跡に建てられた。足利義満の弾圧を受けて中絶したこともある。十刹だった時期もある。江戸時代、門下に白隠慧鶴が出て活躍し、弟子たちが全国の道場の師家を占めたことから現在の臨済宗は全て妙心寺系の法流を受け継いでいるともいう。末寺・塔頭は龍泉派、東海派、霊雲派、聖沢派に分かれる。塔頭天授院に臨済宗専門道場が設置されている。境外塔頭に龍安寺がある。山号は正法山。(参考:同名寺院妙心寺_(同名))
目次 |
歴代住職
現在では住職がそのまま管長にはならない。
- 1関山慧玄(1277-1360):妙心寺の開山。大徳寺の宗峰妙超に師事。美濃伊深に隠棲していたが、花園上皇に招かれて妙心寺を開く。本有円成国師、仏心国師、覚照国師、大定聖応国師、光徳勝妙国師、自性天真国師、放無量光国師、無相大師。塔所微笑庵。
- 2授翁宗弼(1296-1380):南朝忠臣の万里小路藤房が出家したともいうが別人説もある。近江・妙感寺で隠棲。神光寂照禅師、円鑑国師。塔所天授院。
- 3無因宗因(1326-1410):摂津・海清寺に住す。塔所退蔵院。
- 4雲山宗峨(生没年不詳):
- 5明江聖悟():禅海寺を再興。
- 6拙堂宗朴(生没年不詳):足利義満の怒りを買い、寺領を没収される。
- 7日峰宗舜(1368-1448):尾張・瑞泉寺を創建。将軍足利義満に願い出て、応永の乱で没収された所領を回復する。関山派の僧としては初めて大徳寺住職を務める。禅源大済禅師。塔所養源院。
- 8義天玄詔(1393-1462):龍安寺の開山。土佐・瑞巌寺、大徳寺住職を歴任。丹波・龍興寺を創建した。大慈慧光禅師。塔所如是院。
- 9雪江宗深(1408-1486):龍安寺、大徳寺を経て晋山。応仁の乱で焼失した妙心寺を再興。仏日真照禅師。塔所衡梅院。
- 10景川宗隆(1425-1500):龍泉派の開祖。雪江宗深の弟子。妙心寺龍泉庵を創建。大徳寺、龍安寺住職を務める。本如実性禅師。
- 11悟渓宗頓(1416-1500):東海派の開祖。雪江宗深の弟子。妙心寺東海庵、美濃・瑞龍寺を創建。大徳寺住職を務める。大興心宗禅師、仏徳広通国師。
- 12特芳禅傑(1419-1506):霊雲派の開祖。雪江宗深の弟子。妙心寺霊雲院を創建。大徳寺、龍安寺住職を務める。大寂常照禅師。
- 13東陽英朝(1428-1504):聖沢派の開祖。雪江宗深の弟子。妙心寺聖沢庵、美濃・少林寺を創建。大徳寺、犬山瑞泉寺住職を務める。大道真源禅師。
- 14悦堂宗懌(生没年不詳):景川宗隆の印可を受ける。妙心寺大心院、興雲寺に住す。1499年(明応8年)大徳寺住職、ついで妙心寺住職。(日本人名大辞典)
- 15松岳宗繕():
- 16西川宗洵(生没年不詳):1502年(文亀2年)美濃瑞龍寺に住す。美濃龍徳寺を創建。(仏家)
- 17鄧林宗棟():山名豊久。
- 18天蔭徳樹():
- 19柏庭宗松(1437-1527):
- 20大宗玄弘():
- 21玉浦宗珉(?-1519):悟渓宗頓に師事。美濃大智寺を創建。
- 22興宗宗松(1445-1522):悟渓宗頓に師事。妙心寺、大徳寺を歴住。美濃大宝寺を創建。大猷慈済禅師。(日本人名大辞典)
- 23桂峰玄昌(?-1539):仁済宗恕に師事。尾張建国寺を創建。尾張泰岳寺2世。桂峯玄昌。
- 24文淑瑞郁():松岡貞正の弟。松源寺を創建。『望月仏教大辞典』に「文叔宗郁」とあるのは誤りか。
- 25大休宗休(1468-1549):東福寺で出家。特芳禅傑の法を継ぐ。龍安寺、妙心寺を歴住。臨済寺開山に招かれる。円満本光国師。(日本人名大辞典)
- 26勝岩宗殊(?-1551):桂峰玄昌に師事。泰岳寺3世。尾張海禅院を創建。
- 27仁岫宗寿():独秀乾才の弟子。美濃・崇福寺2世。美濃南泉寺の開山。
- 28秀林玄俊(1465-1533):桃雲宗源の弟子。美濃雲龍寺2世。
- 29景堂玄訥():
- 30江南珠栄(?-1562):
- 31杲天宗恵():三木氏。飛騨禅昌寺を創建。
- 32南英禅茂(生没年不詳):景堂玄訥の法を継ぐ。
- 33北溟禅渭():
- 34亀年禅愉(?-1561):大休宗休の法を継ぐ。後奈良天皇の帰依を受ける。照天祖鑑国師。(日本人名大辞典)
- 35太原崇孚(1496-1555):今川義元の軍師。庵原氏。太原雪斎の名で知られる。大休宗休の法を継ぐ。1536年(天文5年)臨済寺を創建し、大休宗休を開山とする。1550年(天文19年)妙心寺住職。のち清見寺、善得寺に住す。宝珠護国禅師。(朝日日本歴史人物事典)
- 36棘菴宗淳():清見寺住職。
- 37鳳林宗彩():
- 38希庵玄密(?-1572):大円寺、恵林寺、禅昌寺を歴住。武田信玄の命で大円寺が焼き討ちされ、殺害された。希庵塚という墓がある。
- 39沢彦宗恩():織田信長の参謀。政秀寺住職。信長の「天下布武」の印を考案したとも。
- 40竺庵宗仙():伊豆昌渓院を創建。
- 41十洲宗哲():江岩寺の勧請開山。
- 42東谷宗杲():臨済寺住職。乾福寺2世。
- 43快川紹喜(?-1582):土岐氏。仁岫宗寿の法を継ぐ。美濃南泉寺、美濃・崇福寺、甲斐恵林寺を歴住。織田信長の焼き討ちを受け、恵林寺で焼死。その時に残した「心頭滅却すれば火も自ずから涼し」という言葉(『碧巌録』の一句)は知られる。大通智勝国師。(朝日日本歴史人物事典)
- 44月航玄津():妙心寺霊光院を創建。
- 45叔栄宗茂():海国寺開山。
- 46岱宗室岑():
- 47蘭〓玄秀():美濃・龍福寺の勧請開山。〓は「田宛」
- 48春国光新():長禅寺2世。
- 49東庵宗暾():
- 50玉田宗〓():〓は「王昆」
- 51直指宗鍔():妙心寺東林院開山
- 52東源宗寅():
- 53蘭叔玄秀():妙心寺大雄院の勧請開山。岐阜乙津寺住職。著書『酒茶論』が有名。
- 54材岳宗佐():妙心寺大心院の中興。「才岳宗佐」とあるのは誤りか。
- 55柏堂景森():岐阜・崇福寺住職
- 56九天宗瑞():妙心寺長興院開山。
- 57南華玄材():
- 58南化玄興(1538-1604):快川紹喜の法を継ぐ。花渓寺、祥雲寺の開山。(日本人名大辞典)
- 59虎山禅威():
- 60湖叔宗永():美濃広徳寺(現在の鳥取興禅寺)を創建。
- 61速伝宗販(1514-1599):東海派の僧。開善寺中興開山。大雄寺住職。静岡霊泉寺開山。(横山住雄「速伝宗販の生涯」[1])
- 62伯蒲慧稜(1544-1628):妙心寺寿聖院の勧請開山。
- 63以安智察(1514-1587):先照瑞初に師事。美濃の大仙寺、瑞泉寺、東光寺を歴住。(日本人名大辞典)
- 64天猷玄晃():美濃龍福寺開山。
- 65大圭紹琢():清泰寺、光照寺を創建。
- 66用玄楚全():瑞泉寺を中興
- 67功沢宗勲():妙心寺養徳院を創建
- 68瑶林宗〓():〓は「王昆」
- 69虎哉宗乙(1530-1611):伊達政宗の師として招かれる。資福寺住職。覚範寺開山。仏海慈雲禅師。
- 70大輝祥暹():清見寺中興開山。
- 71東漸宗震():妙心寺長慶院開山。発心寺、随鴎寺を歴住。
- 72久室宗昌():「久室玄昌」とあるのは誤りか。
- 73水庵宗掬():妙心寺見性庵(桂春院)を創建。
- 74単伝士印():単伝庵を中興。紫衣事件に連座して出羽泉流寺に配流。
- 75仁峰珠善():尾張海国寺住職。
- 76惟天景縦():「惟天玄縦」とあるのは誤りか。
- 77忠岳宗恕():因幡譲伝寺住職。
- 78檀叔丶級():
- 79一宙東黙():妙心寺蟠桃院の開山。
- 80鉄山宗鈍(1532-1617):窪田氏。甲斐出身。東谷宗杲の法を嗣ぐ。平林寺住職。霊光仏眼禅師。(日本人名大辞典)
- 81嫩桂宗維():
- 82芳沢祖恩():妙心寺大心院に住す。
- 83楊州玄販():
- 84泰嶽玄韓():
- 85太瑞周現():
- 86庸山景庸(1559-1626):遠藤氏。美濃出身。庸山景中。東漸宗震の法を嗣ぐ。妙心寺聖沢院の中興。(日本人名大辞典)
- 87龍雲宗珠():
- 88宙外玄杲():妙心寺盛岳院を創建。
- 89大樹玄〓():
- 90蘭芳宗薫():
- 91瑞林宗現():
- 92綱宗宗安():
- 93湖南宗嶽():臼杵月桂寺の開山。
- 94鼇山景存():
- 95説心慈宣(?-1626):清見寺住職。「説心宗宜」は誤りという。雪心素隠とも。
- 96龍岩瑞顕(1560-1636):「龍岩宗顕」は誤りか。
- 97昊天宗建():彦根龍潭寺の開山。
- 98仁渓守信():
- 99大川紹〓():〓は「サンズイ」に「為」
- 100梁南宗棟():
- 105海山元珠():
- 107雲屋祖泰():
- 113猷山景嘉():
- 117嶺南崇六():
- 140江山景巴():
- 154乳峯義元():
- 178千山玄松():
- 183桂南守仙():
- 194湛月紹円():
- 196禿翁妙宏():
- 219虚櫺了廓():
- 223竺印祖門():
- 319空山宗空():
- 585峰尾大休(1860-1954):
- 586
- 587
- 588
- 589
- 590毒湛匝三(1840-1917):豊田毒湛。
- 591愚渓慧忠(1859-1944):五葉愚渓。
- 592
- 593
- 597昭隠会聡(1865-1924):川島昭隠。
- 606徹宗智性(1879-1937):神月徹宗。
- 610鳳洲玄瑞(1877-1947):古仲鳳洲。
- 615瑞巌宗碩(1879-1965):後藤瑞巌。
- 624承天宗杲(1872-1958):三浦承天。
- 629大航宗琢(1871-1968):古川大航。清見寺住職。
- 632玄峰宜詮(1866-1961):山本玄峰。満洲に妙心寺別院を創建。
- 633全機宗円(1881-1949):杉本全機。
- 637逸外宗実(1896-1981):梶浦逸外。国際臨済禅交流協会初代会長。正眼短期大学を創設。
- 639太室無文(1900-1988):山田無文。河口慧海に師事。
- 640万密宗香(1908-2003):松山万密。
- 642文勝無覚(1905-1998):春見文勝。
- 645白水敬山(1897-1975):
- 655松堂大閑(1905-1991):倉内松堂。
- 668仁山寛恵(1927-):松山寛恵。
- 669隆芳全昭(1915-1992):加藤隆芳。
- 670義保担雪(-2006):西片義保。
- 674太通祖玄(1930-):河野太通。
- 675糸原円応(1926-2014):
- 677大光禅棟(1927-):東海大光。
- 680鈴木宗忠(1921-1990)
- 690興嶽道隆(1942-):嶺興嶽。
- 694小倉宗俊():
- 695清田保南():
- 697野々村玄龍(1938-2011):
- 704阿部浩三(1947-):阿部宗徹。花園大学学長。
- 706木村太邦(1940-):
(590世までは『望月仏教大辞典』。591世以後は正定寺ウェブサイト[2]などを参照)
四派
- 龍泉派(景川派)
- 派祖:景川宗隆(妙心寺10世)
- 本庵:妙心寺龍泉庵
- 支流:春江門派(春江紹〓)、柏庭門派(柏庭宗松)、景堂門派(景堂玄訥)
- 東海派(悟渓派)
- 派祖:悟渓宗頓(妙心寺11世)
- 本庵:妙心寺東海庵
- 支流:天縦門派(天縦宗受)、仁済門派(仁済宗恕)、玉浦門派(玉浦宗〓)、独秀門派(独秀乾才)、興宗門派(興宗宗松)、寿嶽門派(寿嶽宗彭)
- 霊雲派(特芳派)
- 派祖:特芳禅傑(妙心寺12世)
- 本庵:妙心寺霊雲院
- 支流:亀年門派(亀年禅愉)、月航門派(月航玄津)、太原門派(太原崇孚)
- 聖沢派(東陽派)
- 派祖:東陽英朝(妙心寺13世)
- 本庵:妙心寺聖沢庵
- 支流:大雅門派(大雅〓匡)
伽藍
塔頭
- 六祖道場:天授院(二祖授翁宗弼)、退蔵院(三祖無因宗因)、養源院(四祖日峰宗舜)、如是院(五祖義天玄詔)、衡梅院(六祖雪江宗深)(妙心寺の初期の祖の塔所(墓所)。初代関山慧玄の塔所微笑庵は妙心寺本寺の伽藍なので含めないという)
- 四本庵:龍泉庵、東海庵、霊雲院、聖沢庵
| 寺名 | エリア | 現存 | 派 | 創建年 | 開山 | 開基 | 沿革 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 天授院 | 山内 | ● | 東海派 | 1380年(康暦2年) | 二祖授翁宗弼、中興開山55世柏堂景森 | 斎藤利貞尼 | 六祖道場の一。二祖授翁宗弼の塔所。1380年(天授6年/康暦2年)、授翁が斎藤利貞尼を開基に創建。南朝の年号「天授」を名称とする。雪江宗深が再建。東海庵と方丈の間にあったが、1653年(承応2年)、現在地に移転。臨済宗妙心寺派の専門道場が設置されている。天授僧堂。妙心僧堂。(妙心寺ウェブサイト) |
| 退蔵院 | 山内 | ● | 霊雲派 | 1395年(応永2年) | 三祖無因宗因、中興開山34世亀年禅愉 | 波多野重通 | 六祖道場の一。三祖無因宗因の塔所。1404年(応永11年)創建とも。元は下京の波多野義重邸内にあったが、長禄年間以前に妙心寺内に移転。当初は霊雲院の東にあったが、東林院東に移り、永正年間、中興祖亀年禅愉が現在地に移転。(妙心寺ウェブサイト) |
| 養源院 | 山内 | ● | 霊雲派 | 1448年(文安5年) | 四祖日峰宗舜、中興開山92世綱宗宗安 | 創建開基細川持之、中興開基半井元成 | 六祖道場の一。日峰宗舜が創建。義天玄詔が継ぐ。雪江宗深、13世東陽英朝が住す。 |
| 如是院 | 山内 | ● | 霊雲派 | 1462年(寛正3年) | 五祖義天玄詔、中興開山51世直指宗鍔 | 再中興開基奥平貞澄、檀越木曽長次郎 | 六祖道場の一。初名は大愚庵。当初は現在の東海庵の地にあった。1462年(寛正3年)、直指宗諤が中興して如是院と改名し現在の花園会館の地に移転した。1957年(昭和32年)、現在地に移転。(妙心寺ウェブサイト) |
| 衡梅院 | 山内 | ● | 霊雲派 | 1480年(文明12年) | 六祖雪江宗深、中興開山天秀得全、再中興開山妙道 | 創建開基細川政元、中興開基真野一綱蔵人 | 六祖道場の一。1469年(文明1年)創建とも。1604年(慶長9年)、天秀得全が中興。妙道は234世か。(妙心寺ウェブサイトほか) |
| 龍泉庵 | 山内 | ● | 龍泉派本庵 | 1481年(文明13年) | 10世景川宗隆、中興開山117世嶺南崇六 | 細川政元 | 四本庵の一。龍泉派の本庵。景川宗隆の塔所。景川宗隆が雪江宗深から寺地を与えられ創建。あるいは景堂玄訥が微笑庵の建物を移して創建したともいう。嶺南崇六が中興。(妙心寺ウェブサイト) |
| 投老軒 | 山内 | 霊雲派 | 1483年(文明15年) | 六祖雪江宗深 | 衡梅院寮舎。「雲江」とあるのは「雪江」の誤りとみなした。 | ||
| 東海庵 | 山内 | ● | 東海派本庵 | 1484年(文明16年) | 11世悟渓宗頓 | 斎藤利貞尼、中興開基石河一光 | 四本庵の一。東海派の本庵。文明16年(1484)、斎藤利国室の利貞尼が悟渓宗頓(1416-1500、大興心宗禅師、仏徳広通国師、妙心寺11世)を開山として創建。のち豊臣秀吉家臣の石川一光が中興。悟渓宗頓の塔所。 |
| 大心院 | 山内 | ● | 龍泉派 | 1492年(明応1年) | 29世景堂玄訥、中興開山117世嶺南崇六 | 細川政元、檀越蒲生忠知、中興開基細川幽斎 | 1492年(明応1年)創建とも、1479年(文明11年)ともいう。元は寺外にあったという。天正年間に材岳宗佐が細川幽斎の支援で妙心寺内に復興。1634年(寛永11年)復興。(妙心寺ウェブサイト) |
| 称好庵 | 山内 | 霊雲派 | 1504年(永正1年) | 12世特芳禅傑 | 東林院寮舎。「常照禅師」とあるのは特芳禅傑のこととみなした。 | ||
| 徳雲院 | 山内 | ● | 霊雲派 | 1506年(永正3年) | 25世大休宗休 | 刑部宗晋 | 当初は大庫司の地にあったが、元梁が微笑庵の東に移転。一時、麟祥院の隠寮となったこともある。大龍院の本尊を受け継ぐという。(妙心寺ウェブサイト) |
| 聖沢庵 | 山内 | ● | 聖沢派本庵 | 1523年(大永3年) | 18世天蔭徳樹、勧請開山13世東陽英朝、中興開山86世庸山景庸 | 創建開基土岐氏、檀越能見英親、中興開基早川長政 | 四本庵の一。聖沢派の本庵。大永3年(1523)、天蔭徳樹(妙心寺18世)が、土岐氏や細川氏の外護を得て創建。師の東陽英朝(1428-1504、大道真源禅師、妙心寺13世)を勧請して開山とした。その後、庸山景庸(景中、1559-1626、妙心寺86世)が、文禄3年(1594)早川長政を外護を得て中興。能見松平家4代松平英親の墓がある。聖沢院とも。 |
| 霊雲院 | 山内 | ● | 霊雲派本庵 | 1526年(大永6年) | 25世大休宗休、勧請開山12世特芳禅傑 | 摸堂清範尼 | 四本庵の一。霊雲派の本庵。大永6年(1526)、大休宗休(1468-1549、円満本光国師、妙心寺25世)が薬師寺国長の母清範尼を開基に創建。開山は大休宗休の師の特芳禅傑(1419-1506、大寂常照禅師、妙心寺12世)を勧請する。大休宗休は後奈良天皇の帰依を受け、当院に行幸している。西田幾多郎の墓がある。 |
| 東林院 | 山内 | ● | 霊雲派 | 1531年(享禄4年) | 51世直指宗鍔 | 細川氏綱、中興開基山名豊国 | 1556年(弘治2年)創建とも。元は上京清蔵口の細川家邸にあった三友院ともいう。山名家の菩提寺。(妙心寺ウェブサイト) |
| 保福院 | 山内 | 霊雲派 | 1537年(天文6年) | 汝隣得有 | 汝隣得有は「都寺」とあるので住職にはならず、都監寺の職を務めた人物とみられる。(妙心寺ウェブサイト) | ||
| 葛藤庵 | 山内 | 霊雲派 | 1552年(天文21年) | 34世亀年禅愉 | 退蔵院寮舎。 | ||
| 慈恩庵 | 山内 | 霊雲派 | 1571年(元亀2年) | 51世直指宗鍔 | 如是院寮舎。 | ||
| 瑞松院 | 山内 | 龍泉派 | 1574年(天正2年) | 明叔慶浚、117世嶺南崇六、中興開山82世芳沢祖恩 | 瀧川一益、中興開基妻木忠頼 | ||
| 衡陽院 | 山内 | 霊雲派 | 1575年(天正3年) | 49世東庵宗暾 | 斯波武衛、津川義近 | 初名は太嶺院 | |
| 金台寺 | 境外 | ● | 東海派 | 1576年(天正4年) | 輝嶽、中興開山通翁鏡円 | 初名は鳳台院。金台院。 | |
| 福寿院 | 山内 | ● | 東海派 | 1577年(天正5年) | 錦嶺、紹杏都寺 | 水野忠清室 | 『妙心寺史』は1577年(天正5年)創建で初名は乾徳院とする。妙心寺ウェブサイトは、1619年(元和5年)、龍天宗登が水野忠清室の招きで創建し、養賢院と称したとする。1653年(承応2年)性宣院と改称。1718年(享保3年)台嶽が再興し、福寿院と称した。(妙心寺ウェブサイト) |
| 通玄院 | 山内 | ● | 龍泉派 | 1579年(天正7年) | 219世虚櫺了廓 | 中興開基寺西信之 | 元は即心院と称す。一切経の写経道場だったという。1622年(元和8年)創建ともいう。水月院の無門座元が発願し、建仁寺の高麗版大蔵経を借用して写経した。1878年(明治11年)水月院を併合。(妙心寺ウェブサイト) |
| 長興院 | 山内 | ● | 龍泉派 | 1581年(天正9年) | 56世九天宗瑞 | 瀧川一益 | 当初は暘谷庵と称した。1606年(慶長11年)津田秀政が再興して暘谷院を称す。長興院と復す。1692年(元禄5年)、隣の大雲院を合併。1686年(貞享3年)現在地に移転。(妙心寺ウェブサイト) |
| 雑華院 | 山内 | ● | 東海派 | 1583年(天正11年) | 79世一宙東黙 | 牧村利貞 | 牧村利貞は一宙東黙の実兄。(妙心寺ウェブサイト) |
| 養徳院 | 山内 | ● | 東海派 | 1583年(天正11年) | 67世功沢宗勲 | 石川光重 | 功沢宗勲は石川光重の兄弟。広大な境内を持ったが、次第に衰退。1859年(安政6年)本堂再建。1935年(昭和10年)、現在地に本堂を移築。(妙心寺ウェブサイト) |
| 龍福院 | 山内 | 龍泉派 | 1584年(天正12年) | 66世用玄楚全 | 池田信輝 | 初名は護国院。用玄楚全は「用玄宗全」? | |
| 大通院 | 山内 | ● | 東海派 | 1586年(天正14年) | 58世南化玄興 | 一柳直末 | 2世の湘南宗化は山内一豊の子で、山内家の菩提寺となった。山内一豊室の見性院霊屋がある。山崎闇斎は湘南宗化の弟子だった。(妙心寺ウェブサイト) |
| 大嶺院 | 山内 | 霊雲派 | 1589年(天正17年) | 中興開山密宗宗顕 | 明智光秀、津川家 | 初名は衡陽院。密宗宗顕は明智光秀の叔父。(妙心寺ウェブサイト) | |
| 春光院 | 山内 | ● | 龍泉派 | 1590年(天正18年) | 113世猷山景嘉、勧請開山碧潭汗 | 創建開基堀尾吉晴、中興開基石川憲文 | 初名は俊巌院。石川氏が中興して春光院。(妙心寺ウェブサイト) |
| 平常院 | 山内 | 龍泉派 | 1590年(天正18年) | 中興開基頑叟廬 | 初名は福昌庵。 | ||
| 南陽軒 | 山内 | 聖沢派 | 1592年(文禄1年) | 栄守監寺 | 聖沢庵寮舎。 | ||
| 盛嶽院 | 山内 | 龍泉派 | 1593年(文禄2年) | 88世宙外玄杲 | 池田輝政 | ||
| 徳隣院 | 山内 | 東海派 | 1594年(文禄3年) | 仙林 | 祥雲寺から妙心寺内に移転。 | ||
| 寿聖院 | 山内 | ● | 霊雲派 | 1595年(文禄4年) | 107世雲屋祖泰、勧請開山62世伯蒲慧稜 | 石田三成 | |
| 智勝院 | 山内 | ● | 東海派 | 1597年(慶長2年) | 74世単伝士印 | 稲葉貞通 | 58世南化玄興を開山とも(日本歴史地名大系)(勧請開山か)。単伝士印は紫衣事件に連座して出羽泉流寺に配流。(妙心寺ウェブサイト) |
| 桂春院 | 山内 | ● | 東海派 | 1598年(慶長3年) | 183世桂南守仙 | 石川貞政 | 旧見性庵。桂南守仙は石川光成の子。 |
| 雲祥院 | 山内 | ● | 東海派 | 1598年(慶長3年) | 105世海山元珠 | 長岡是庸 | 千坂宗策が創建した亀仙庵が起源。その後、1598年(慶長3年)細川氏家臣長岡是庸が105世海山元珠を招いて創建。1878年(明治11年)、瓊林院に合併するが、雲祥院の名を残す。(妙心寺ウェブサイト) |
| 隣華院 | 山内 | ● | 東海派 | 1599年(慶長4年) | 58世南化玄興 | 脇坂安治 | 南化玄興は豊臣秀吉の帰依を受けた。(妙心寺ウェブサイト) |
| 長慶院 | 山内 | ● | 聖沢派 | 1600年(慶長5年) | 71世東漸宗震 | 長慶院 | 長慶院は豊臣秀吉室高台院の実姉。1878年(明治11年)、末寺の妙法寺を併合し、妙法寺と改称したが1905年(明治38年)長慶院に復帰した。伏見城東門が移築されている。(妙心寺ウェブサイト) |
| 蟠桃院 | 山内 | ● | 東海派 | 1601年(慶長6年) | 79世一宙東黙 | 前田玄以 | 現在の玄関は創建当初のものと伝え、聚楽第からの移築という。蟠桃院2世の雲居希膺が伊達政宗の帰依を得て瑞巌寺を再興。伊達家は蟠桃院檀越にもなった。(妙心寺ウェブサイト) |
| 大雄院 | 山内 | ● | 東海派 | 1603年(慶長8年) | 慧南玄譲、勧請開山53世蘭叔玄秀 | 石川光忠 | |
| 大龍院 | 山内 | ● | 霊雲派 | 1606年(慶長11年) | 80世鉄山宗鈍 | 中村忠一 | 当初は妙心寺北総門前にあったが、明治に大嶺院に移転。(妙心寺ウェブサイト) |
| 玉龍院 | 山内 | ● | 龍泉派 | 1616年(元和2年) | 夬室智文 | 福島正則 | 開基は生駒一正とも(日本歴史地名大系)。夬室智文の後に入った斯経慧梁は白隠の弟子。町尻家の菩提寺。(妙心寺ウェブサイト) |
| 海福院 | 山内 | ● | 東海派 | 1616年(元和2年) | 福島正則 | ||
| 瓊林院 | 山内 | 東海派? | 1617年(元和3年) | 鼇山 | 熊谷半次 | 鼇山は同名の画僧とは別人か。旧称は桂林院。1878年(明治11年)雲祥院を併合するが、雲祥院の名が残される。(妙心寺ウェブサイト) | |
| 光国院 | 山内 | ● | 龍泉派 | 1620年(元和6年) | 100世梁南禅棟 | 松平忠隆 | 100世梁南禅棟は名古屋・総見寺の住職。当初は慧照院の北にあった。勅使の休憩所として使用された。1878年(明治11年)、実相院を併合。明治末に盛徳院跡地に移転。(妙心寺ウェブサイト) |
| 慧照院 | 境外 | ● | 聖沢派 | 1623年(元和9年) | 瑞雲宗呈 | 初名は黄梅院。大春元貞が中興。 | |
| 大法院 | 山内 | ● | 龍泉派 | 1625年(寛永2年) | 淡道宗廉 | 長姫 | 長姫が祖父真田信之の菩提寺として創建。100世梁南禅棟が中興した時、盛徳院を併合。1878年(明治11年)松林院を併合。佐久間象山の墓がある。(妙心寺ウェブサイト) |
| 万猷院 | 山内 | 東海派? | 1627年(寛永4年) | 鋼峰良 | 金牛院が移転してその名を継ぐ。(妙心寺ウェブサイト) | ||
| 春浦院 | 境外 | ● | 龍泉派 | 1628年(寛永5年) | 319世空山宗空 | 檀越永井尚主・一柳末礼 | 旧名は春甫庵。空山宗空が永井尚主の支援を得て古い子院を復興したという。ただし、1628年(寛永5年)創建、1658年(万治1年)再興の年次は空山の経歴と合わない。(妙心寺ウェブサイト) |
| 天球院 | 山内 | ● | 東海派 | 1631年(寛永8年) | 140世江山景巴 | 池田光政 | 鳥取岡山の両池田家の菩提寺。現在地は寿聖院跡地。(妙心寺ウェブサイト) |
| 麟祥院 | 山内 | ● | 東海派 | 1633年(寛永10年) | 碧翁愚完 | 春日局 | 碧翁愚完は鍋島勝茂の子で、単伝士印の法孫。現在の花園高校の地にあったが、1897年(明治30年)に移転。春日局の霊屋がある。(妙心寺ウェブサイト) |
| 実相院 | 山内 | 龍泉派? | 寛永 | 松平忠明 | 1878年(明治11年)、光国院に合併。(妙心寺ウェブサイト) | ||
| 天祥院 | 山内 | ● | 龍泉派 | 1645年(正保2年) | 154世乳峯義元 | 松平忠弘 | 乳峯義元は武蔵天祥寺住職。1878年(明治11年)、慈照院を併合。1886年(明治19年)諸堂焼失。1976年(昭和51年)本堂再建。(妙心寺ウェブサイト) |
| 金牛院 | 山内 | ● | 東海派 | 1650年(慶安3年) | 環陵 | 松濤庵が前身ともいう。元は北総門外にあったが、1878年(明治11年)万猷院に併合された。1883年(明治16年)金牛院と称す。(妙心寺ウェブサイト) | |
| 仙寿院 | 境外 | ● | 龍泉派 | 1652年(承応1年) | 196世禿翁妙宏 | 後水尾天皇 | 禿翁妙宏は洛北幡枝に菩提院を建てて隠棲していたが、後水尾天皇がこの地を好み、献上。幡枝御殿(のちの京都・円通寺)が建てられた。代わりに現在地が与えられ、菩提院を移し、仙寿院と改称した。永円寺の跡地という。(妙心寺ウェブサイト) |
| 慈雲院 | 山内 | ● | 東海派 | 1653年(承応2年) | 194世湛月紹円 | 橘屋新兵衛 | 旧名は慈雲庵。元は妙心寺北総門前にあったが、1878年(明治11年)に盛嶽院跡地に移転。松濤庵と大森寿仏寺を併合。(妙心寺ウェブサイト) |
| 龍華院 | 山内 | ● | 霊雲派 | 1656年(明暦2年) | 223世竺印祖門、勧請開山178世千山玄松 | 毛利秀就夫人喜佐姫 | 保寿庵または徳昌院が前身ともいう。無著道忠が住す。1879年(明治12年)善性庵を併合。(妙心寺ウェブサイト) |
| 慈照院 | 山内 | 龍泉派? | 延宝 | 1878年(明治11年)天祥院に合併。(妙心寺ウェブサイト) | |||
| 大光院 | 山内 | ? | |||||
| 盛徳院 | 山内 | 龍泉派? | ? | 松平忠隆祖母の亀姫の菩提寺。100世梁南禅棟により大法院に合併。卍元師蛮が住す。(妙心寺ウェブサイト) | |||
| 水月院 | 山内 | 龍泉派? | ? | 無門座元 | 1878年(明治11年)通玄院に合併。(妙心寺ウェブサイト) | ||
| 松林院 | 山内 | 龍泉派? | ? | 1878年(明治11年)、大法院に合併。(妙心寺ウェブサイト) | |||
| 松濤庵 | 山内 | 東海派? | ? | ||||
| 善性庵 | 山内 | 霊雲派? | ? | 1879年(明治12年)龍華院に合併。(妙心寺ウェブサイト) | |||
| 大雲院 | 山内 | 龍泉派? | ? | 56世九天宗瑞 | 1692年(元禄5年)長興院に合併。(妙心寺ウェブサイト) | ||
| 延福院 | 山内 | ? | |||||
| 韶陽院 | 山内 | ? |