ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

船岡山官軍墓地

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

2024年5月26日 (日) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
移動: 案内, 検索
大きな燈籠がある山口藩墓地と、大きな石碑が立つ鹿児島藩墓地

船岡山官軍墓地は新潟県小千谷市船岡にある官軍墓地。戊辰戦争の官軍戦没者を葬る。官修墳墓と思われる。船岡公園の山上にある。慈眼寺の近くにある。「時山直八君之碑」がある。船岡山西軍墓地船岡公園西軍墓地。現在は小千谷市が管理しているという[1]新潟県の官祭招魂社と官修墳墓も参照。

歴史

  • 1868年(明治1年)閏4月27日:征討軍、小千谷に駐屯。
  • 1868年(明治1年)5月13日:長岡城落城。
  • 1870年(明治3年):山口藩御用達の井口喜代助が船岡山改葬を発起。許可を得て

私費を投じて起工。[2]

  • 1871年(明治4年)10月:移転完了。
  • 1881年(明治14年):山県有朋、北陸巡視の途中に小千谷に来訪。時山直八顕彰碑建立を企画。
  • 1884年(明治17年):時山直八顕彰碑建立。
  • 1897年(明治30年)5月:30年慰霊祭。近隣の墓碑の改葬の議が起こる。
  • 1899年(明治32年):改葬を出願。
  • 1908年(明治41年)3月:285円の補助の指令。
  • 1908年(明治41年)4月20日:近隣の墓所からの改葬を着工。
  • 1908年(明治41年)5月30日:完工

画像

画像

https://shinden.boo.jp/wiki/%E8%88%B9%E5%B2%A1%E5%B1%B1%E5%AE%98%E8%BB%8D%E5%A2%93%E5%9C%B0」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール