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立石寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
2024年7月29日 (月) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
立石寺(りっしゃくじ)は、山形県山形市にある天台宗寺院。本尊は薬師如来。開山は円仁。関東祈祷所。天台宗延暦寺派。現在の延暦寺根本中堂の不滅の法灯は立石寺から遷された。山号は宝珠山。通称は山寺。松島立石寺。
目次 |
歴史
- 不詳:円仁が東北巡錫の時に創建。弟子の安慧も助けたらしい。常願寺と称した。
- 860年12月:常願寺を立石寺と改名。清和天皇、「立石倉印」を下賜。現在はこの年を円仁による開山としている。
- 860年12月30日:円仁、四至を定める(円仁置文写)
- 864年1月14日:円仁死去。入定窟で入定したと伝える。
- 880年:清和天皇崩御。清和天皇塔を建立
- 1144年(天養1年):如法経所碑を建立
- 1205年(元久2年):根本中堂を修復(本尊薬師如来坐像銘)。この時、比叡山延暦寺から不滅の法灯を分灯したという。
- 1280年:日蓮、太田入道宛の書状の中に円仁の「御首は出羽ノ国立石寺に有り」と記す。
- 1332年:識乗坊が鎌倉幕府から院主・別当両職に任命される
- 1334年:興円が後醍醐天皇から院主・別当両職に任命される。のち足利尊氏から識乗坊が再任
- 1356年(正平11年/延文1年):根本中堂を再建。
- 1519年(永正16年):三重小塔建立。
- 1521年:伊達家側に付いたため、天童頼長・成生十郎らに攻められて一山焼失。
- 1534年:円海、最上義守の母の春還芳公尼の支援を受けて復興に取り掛かり、山王権現を再建
- 1543年(天文12年):再び不滅の法灯が延暦寺からもたらされた。
- 1570年:最上義光、1300石を寄進
- 1589年(天正17年):立石寺から焼き討ちを受けた延暦寺に灯火を戻した
- 1618年5月:天海、「立石寺法度」を定める
- 1622年:鳥居忠政が領主となり、寺領を没収。円海、鳥居忠政を呪殺したと伝える。
- 1648年:幕府、1420石を寄進
- 1651年(慶安4年):納経堂を修復
- 1689年:松尾芭蕉が来訪
- 1697年:江戸の寛永寺根本中堂に、日光月光菩薩と十二神将が移された。
- 1714年(正徳4年):五大堂を再建。
- 1750年:学頭殺害事件
- 1851年(嘉永4年):開山堂再建。
- 1869年(明治2年):奥之院から出火して本堂・如法堂など焼失。
- 1870年(明治3年):神仏分離で日枝神社独立。
- 1871年:寺領上知
- 1872年:11坊が帰農
- 1872年(明治5年):奥之院如法堂再建
- 1878年:8寺を取り壊し申請
- 1914年:円仁1500年忌
- 1948年(昭和23年):入定窟を調査
伽藍
子院
- 阿所川院:本坊
- 安養院:山寺小学校の地にあった。心能が創建。本尊は十一面観音。律院だった。1903年(明治36年)まで礎石があった。元和年間、安養寺と称し禅宗となる。
- 千手院:所在不詳。実玄が創建。
- 山王院:所在不詳。実玄が創建。
- 鷲峰院:所在不詳。
- 蓮城院:所在不詳。
- 円乗院:所在不詳。
- 華蔵院:三重塔の近く。現存。本尊は観世音菩薩。円仁の自坊と伝える。十二支院の一つ。
- 宝幢院:三重塔の近くにあった。
- 観明院:仁王門の近くにある。現存。法人格はない?十二支院の一つ。本尊は阿弥陀如来。
- 極楽院:五大堂の近くにあった。1868年(明治1年)に性相院に合併。
- 性相院:金乗院・中性院の並びにあったが、麓に移転した。現存。本尊は阿弥陀如来。毘沙門天も祀る。十二支院の一つ。
- 沢之院:金乗院・中性院の並びにあった。
- 金乗院:現存。本尊は阿弥陀如来。新庄藩戸沢家歴代の石碑が並ぶ。かつては地蔵菩薩が本尊だった。十二支院の一つ。
- 中之院:金乗院・中性院の並びにあった。
- 善行院:金乗院・中性院の並びにあった。1868年(明治1年)に性相院に合併。
- 中性院:現存。本尊は延命地蔵菩薩。千体不動明王も。十二支院の一つ。かつては阿弥陀如来。
- 不動院:金乗院・中性院の並びにあった。1868年(明治1年)に金乗院に合併。
組織
歴代住職
かつては別当や院主と称した。近代では貫主と呼ばれることもある。
- 1円仁()<>:
- 2安然()<>:
- 3鏗信()<>:
- 4円淳()<>:
- 5円実()<>:
- 6宗源()<>:
- 7快秀()<>:
- 8円真()<-1144->:1144年(天養1年)、如法経碑を建立。
- 9円胤()<>:
- 10聖承()<>:
- 11良照()<>:
- 12仁海()<>:
- 13良海()<>:
- 14明尋()<>:
- 15慧澄()<>:
- 16豪栄()<>:
- 17義海()<>:
- 18慈空()<>:
- 19澄雄()<>:
- 20盛秀()<>:
- 21全舜()<>:
- 22実海()<>:
- 23性覚()<>:
- 24行海()<>:
- 25良林()<>:
- 26道燈()<>:
- 識乗坊()<1332-1334>:鎌倉幕府から院主・別当に任命される。
- 27興円()<1334-1336>:1334年(建武1年)12月8日、建武政権から院主・別当に任命される。
- 識乗坊()<1336->:北朝から院主・別当に任命される。
- 28円秀()<>:
- 29有見()<>:
- 30忠円()<>:
- 31興秀()<>:
- 32尊秀()<>:
- 33興了()<>:
- 34澄源()<>:
- 35良鎮()<>:
- 36実雄()<>:
- 37良雄()<>:
- 38円海(1517-1634)<-1543->:一相坊。院主・別当。1634年(寛永11年)死去。118歳。
- 39広円()<>:
- 40亮雄()<>:
- 41了雄()<>:
- 42尊陽()<-1649->:1649年(慶安2年)在職。
- 43実俊()<>:
- 44公憲()<>:
- 45秀海()<>:
- 46英海()<-1691->:1691年(元禄4年)在職
- 47公淵()<>:
- 48貫通()<>:
- 49恵叔()<>:
- 50恵海()<>:
- 51公弁法親王(1669-1716)<>:
- 52公寛法親王(1697-1738)<>:
- 53寛雄()<享保>:楞伽院
- 54亮雄()<>:
- 55慧含()<>:
- 56宣雄()<>:惟職院
- 57鑑古(1691-1761)<1751->:1751年(宝暦1年)11月、輪王寺宮の特命で就任。
- 58慈順()<-1763->:
- 59慈延()<>:
- 60慈門()<>:
- 61慈滂()<>:
- 62貞尊()<>:
- 63唯順()<>:
- 64慈舜()<>:
- 65情田()<天保>:遍明院。
- 66壬生優田(-1898)<-1868->:明治維新に対処。羽黒修験の復興に尽力。五仏院。
- 67壬生芳田(-1944)<>:壬生優田の兄弟弟子。
- 68清原英田()<>:
- 69清原浄田()<>:
- 70清原正田()<2011->:2011年12月に立石寺住職に就任。
(『山寺名勝志』別当歴代[1])