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後白河天皇陵
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
2016年1月6日 (水) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
後白河天皇陵(ごしらかわてんのうりょう)は、京都府京都市東山区にある後白河天皇の陵墓。現在の陵名は法住寺陵(ほうじゅうじのみささぎ)。法住寺法華堂、後白河天皇御影堂ともいう。
天皇は譲位後の1192年(建久3年)3月13日に崩御。蓮華王院の東側に法華堂が建立され、床下に棺が納められて陵墓とされた。もともとは別の法華堂が寿陵として建てられていたが、そちらには女御の建春門院が葬られた。現在の堂宇は江戸時代の再建で、中には等身の法皇像が祀られている。江戸時代には陵のために法住寺の名をつぐ寺院が創建された。建春門院陵の法華堂は廃絶した。近隣からは高位の武士の墓が発掘されている。頭痛病平癒の霊験があるという信仰があったという(外池2007 167)。1906年(明治39年)3月23日、従来、法住寺法華堂と称してきたが、法住寺陵と改称する(明治天皇紀)。
参考文献
- 『文久山陵図』231頁
- 『明治天皇紀』