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本願寺広島別院
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
2018年12月16日 (日) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
本願寺広島別院(ほんがんじ・ひろしま・べついん)は広島県広島市中区にある西本願寺の別院。寺号は仏護寺。山号は龍原山。
歴史
甲斐出身の正信という僧が仏護庵を建て念仏修行していた。正信は銀山城に招かれたが、中山村(広島市東区中山)に隠居した。 1459年(長禄3年)、銀山城主武田義信が改めて正信を招き、麓の龍原(広島県広島市安佐南区祇園。県立祇園北高校付近)に天台宗寺院として仏護寺を創建。1496年(明応5年)、2世円誓が浄土真宗に改宗。3世超順は武田氏の滅亡後、中山村に逃れた。1552年(天文21年)毛利元就が超順を龍原に呼び戻し、1560年(永禄3年)本堂再興。以後、急増した安芸門徒(京都興正寺系)の中心的な寺院となった。 1593年(文禄2年)、5世康順の時、打越村小河内(広島市西区小河内町)に移転。1609年(慶長14年)、6世宗順の時、現在地に移転。 1701年(元禄14年)、子院十二坊と紛議が起こり、離反が相次いだ。そのため収入が減り、広島藩の支援を与えられた。仏護寺の名は1902年(明治35年)に廃した。
子院
時代により数に変動があったらしいが十二坊と呼ばれた。
- 報専坊:広島県広島市中区寺町。旧称は法泉寺。
- 超専寺:広島県広島市中区寺町。旧称は専福寺。福島親綱が東原(広島県広島市安佐南区東原)に創建。天文年間、浄土真宗に改宗。小河内を経て現在地に移転。旧地にも別寺があったが、1717年(享保2年)に寺号が許され、浄玄寺となる。
- 円龍寺:広島県広島市中区寺町。
- 光福寺:広島県広島市中区寺町。
- 正善坊:広島県広島市中区寺町。
- 光円寺:広島県広島市中区寺町。旧称は東林坊。
- 徳応寺:広島県広島市中区寺町。旧称は立蔵坊。
- 善正寺:広島県広島市中区寺町。
- 真行寺:広島県広島市中区寺町。旧称は東善坊。
- 元成寺:広島県広島市中区寺町。旧称は香林坊。
- 正伝寺:広島県広島市安佐南区相田。浄土真宗本願寺派。旧称は相田坊。
- 品窮寺:広島県広島市安佐北区可部。浄土真宗本願寺派。旧称は正明坊、桐原寺。
- 蓮光寺:広島県広島市安佐南区長束。浄土真宗本願寺派。
- 光禅寺:広島県広島市佐伯区五日市。浄土真宗本願寺派。旧称は治音寺(慈恩寺)。十二坊の首席だったという。