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近江犬上・山田神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

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山田神社は滋賀県彦根市野田山町(近江国犬上郡)にある神社。祭神は猿田彦大神官社多賀大社境外摂社。多賀大社関連旧跡。(参考:同名神社山田神社

歴史

  • 766年(天平神護2年):朝廷、神封を多賀大社(田鹿神)に6戸、山田神社に5戸,日向神社に2戸を寄進。(新抄格勅符抄)
  • 923年(延長1年):『延喜式』編纂。「多何神社2座」「日向神社」「山田神社」とある。坂田郡にも「山田神社」が記される。
  • 928年(延長6年)5月2日:神階授与(扶桑略記。「犬上郡山田明神位記請印」としか記さない)。
  • 近世初期:護摩堂があった(社頭古絵図)。
  • 1558年(永禄1年)12月:六角氏、山田山の立木伐採の禁制[1]
  • 1565年(永禄8年)2月:浅井長政、山田山の神木伐採の禁制[2]
  • 1615年(元和1年)3月:多賀大社本社境内に遷座を決定[3]
  • 1616年(元和2年)12月1日:遷座(慈性日記)。延岡藩主有馬直純によるもので、延暦寺から覚林坊が下向して奉仕したらしい。参詣曼荼羅に描かれる。
  • 不詳:旧地に戻る。
  • 1633年(寛永10年)8月29日:外遷宮[4]
  • 1635年(寛永12年)4月17日:奉行立ち会いのもと、山田神社の鎮座地を旧地の1町半ほど東に移転を決める[5]
  • 1718年(享保3年)1月11日:若林強斎、庚申の日に山田神社の神主邸に宿泊[6]。祭神の猿田彦神や庚申は垂加神道で重視された。
  • 1866年(慶応2年)秋:台風で大破[7]
  • 1880年(明治13年):倒壊?
  • 1882年(明治15年):多賀大社本社に合祀か。境内に遷座とも?。
  • 1920年(大正9年)4月23日:山田村の旧地に境外末社として遷座復興[8]。 本社の仮殿を用いたという[9]
  • 1934年(昭和9年)3月10日:日向神社と山田神社を摂社に、16社を末社に指定[10]
  • 1972年(昭和47年)9月16日:台風で背後の崖と共に崩れる。
  • 1972年(昭和47年)9月17日:日向神社に遷座合祀。
  • 1974年(昭和49年)4月13日:本殿を復興し遷座祭[11]
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