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粟田神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

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粟田神社(あわた・じんじゃ)は、京都府京都市東山区にある、牛頭天王信仰の代表的な神社。青蓮院門跡の鎮守。八坂神社関連旧跡知恩院関連旧跡府社。別当は真言宗歓喜院。感神院新宮粟田天王社

歴史

永久年間、天台座主忠尋が創建したという。 将軍足利義尹の産土神として室町幕府から重視された。 別当の歓喜院は金剛峰寺末。宝山寺湛海が中興したが、明治の神仏分離で廃絶。

粟田祭では知恩院黒門前にある瓜生石まで粟田神社の鉾が巡行する。

光格天皇の「御胞衣之松」がある(護浄院にも光格天皇胞衣塚がある)。

境内に鍛治神社などがある。 (日本歴史地名大系)

境内

  • 粟田神社ウェブサイト[1][2]
社名 祭神 種別 概要
本社
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建速素盞嗚尊・大己貴命ほか 本社 2009年(平成21年)拝殿修復。
北向稲荷神社
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雪丸稲荷ほか 摂社 創建不詳。雪丸稲荷は、平安時代末期の刀匠・三条小鍛冶宗近が刀を打つときに相槌を打った稲荷という。「雪丸稲荷他三座」の「他三座」の2座は良恩寺の鎮守稲荷社の粟津稲荷・一所稲荷(市頭稲荷)か。良恩寺鎮守稲荷社は1869年(明治2年)良恩寺から粟田神社境内に遷座[3][4]
出世恵美須神社
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恵美須神 摂社 神像は最澄作と伝える。創建不詳。元は三条蹴上の夷谷に祀られていた。源義経が奥州に下るときに祈願したという。蹴上の山崩れで流出した時に流れ止まったところが夷町と名付けられた。その後、東山・金蔵寺に祀られていたが、明治維新後に粟田神社境内に遷座した。1997年(平成9年)神像を修復。
聖天社
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聖天 摂社 神像は湛海宝山(のち生駒聖天宝山寺を開く)が彫ったもの。江戸時代は聖天堂に祀られていた。ながらく本社に祀られていたが、2023年(令和5年)再興。
大神宮
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伊勢・八幡・春日 末社 創建不詳。青蓮院門跡の坊官・鳥居小路家の旧宅地の鎮護神。家祖の高階師尚は、母の恬子内親王(文徳天皇皇女)が伊勢神宮斎宮だったときに在原業平と密通して生まれたため、子孫は伊勢神宮への参詣が祟りにより出来なかった。そのため邸宅内に祀ったという。八幡神・春日神も祀る。
鍛治神社
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三条宗近・粟田口吉光・天目一筒神 末社 刀工・鍛冶の神。1938年(昭和13年)夏創建[5]
多賀社
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多賀神 末社 多賀大社別当不動院14世の慈〓が、1772年(安永1年)8月、兼務する尊勝院境内に多賀社を創建[6]。明治維新後に粟田神社境内に遷座。
朝日天満宮
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菅原道真 末社 京洛二十五社の一つ。
吉兵衛神社
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末社 青蓮院の御門の東に祀られていた。
太郎兵衛神社
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末社 青蓮院の御門の西に祀られていた。1951年(昭和26年)5月、粟田神社境内に遷座[7]
御胞衣之松
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光格天皇の胞衣を収めるか。
瓜生石
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知恩院黒門前にある。
歓喜院
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別当。真言宗寺院。廃絶。

画像

https://shinden.boo.jp/wiki/%E7%B2%9F%E7%94%B0%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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