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仙宮院
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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仙宮院は志摩国英虞郡(三重県度会郡南伊勢町河内)にあった天台宗寺院。天台宗寺門派(園城寺)で、修験道との関わりがあったらしい。伊勢神宮関連旧跡。仙宮神社が現存。大峰東禅仙宮寺、吉津東仙宮院、吉津仙宮院、仙宮神院、吉津院などと呼ばれた。跡地は仙宮神社近くの「大日堂の地」といい、旧仏の大日如来がは奈津観音堂(西方寺)に移されている。中世の神道書『仙宮院秘文』『中臣祓訓解』などがこの地で執筆された。伊勢・蓮華寺の前身でもある。
歴史
- 704年(慶雲1年)2月15日:役小角が創建(『仙宮院秘文』)。「大峯東仙宮院」とあり、大峰山の東ということが意識されていたらしい。「東禅仙宮寺」ともいったが、『中臣祓訓解』では「東禅」を「オホミネ」と訓じる。
- 737年(天平9年)12月17日:行基が菩提僊那と仏哲に依頼して南天竺から移植した三角柏を植えて鎮守社を整え、祭事あるい心経会を行ったという(『仙宮院秘文』『拾玉集』)
- 780年(宝亀11年)2月:朝廷、神三郡に寺院を建てることを禁じる。
- 813年(弘仁4年)6月15日:最澄が大神宮のために吉津院(仙宮院)で蓮華会を執行(『仙宮院秘文』)。
- 835年(承和2年)2月8日:空海、大神宮のために大仁王会を修す(『仙宮院秘文』『高庫蔵等秘抄』)。
- 849年(嘉祥2年)9月:円仁、勅命により伊勢神宮神嘗祭に合わせて鎮守会を始める(『仙宮院秘文』)。以後、伊勢神宮の三節祭(6月月次祭、12月月次祭、神嘗祭)に瑞柏を奉納するようになったという。柏葉は神酒の器として用いられた。また『仙宮院秘文』は円仁の著作だと考えられていた。
- 平安時代中期:仙宮院旧仏とみられる金剛界大日如来坐像造立(奈津観音堂に現存)。
- 1164年(長寛2年)頃:この頃、『中臣祓訓解』が園城寺管轄下の仙宮院の僧侶により成立か。
- 1170年(嘉応2年):『三角柏伝記』書写。この頃、園城寺僧によって同書成立か。
- 1258年(正嘉2年):通海、後嵯峨法皇から祈祷を命じられる。この時は仙宮院で行われていたと考えられる。(通海参詣記)
- 1264年(文永1年)9月:通海、元寇を受けて祈祷を命じられ、「奈津の仙宮院法楽舎」を棚橋に移して法楽寺(のち伊勢・蓮華寺)と称した。(『棚橋蓮華寺縁起』)
- 1240~1275年頃:『仙宮院秘文』成立か。
- 南北朝時代:加藤定有が度会氏と結んで南朝に尽くす。加藤家は仙宮神社に奉仕。
- 1436年(永享8年):『仙宮院秘文』仙宮神社本、書写
- 1588年(天正16年):志摩国英虞郡から伊勢国度会郡に編入。
- 1615年(元和1年):和歌山藩領となる。
- 1707年(宝永4年)10月4日:津波で大日堂流失。
- 文化年間:大日堂再建。
- 1854年(安政1年)11月4日:津波で大日堂廃絶。仏像は観音堂に遷したという。