ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

後白河天皇陵

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

2011年8月22日 (月) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
移動: 案内, 検索

1192年(建久3年)3月13日に崩御。蓮華王院の東側に法華堂が建立され、床下に棺が納められて陵墓とされた。もともとは別の法華堂が寿陵として建てられていたが、そちらには女御の建春門院が葬られた。 現在の堂宇は江戸時代の再建であるが、中には等身の法皇像が祀られている。江戸時代には陵のために法住寺の名をつぐ寺院が創建された。建春門院陵の法華堂は廃絶した。近隣からは高位の武士の墓が発掘されている。文久山陵図231。頭痛病平癒の霊験があるという信仰があったという(外池2007 167)。1906年(明治39年)3月23日、従来、「法住寺法華堂」と称してきたが、「法住寺陵」と改称する(明治天皇紀)。"

https://shinden.boo.jp/wiki/%E5%BE%8C%E7%99%BD%E6%B2%B3%E5%A4%A9%E7%9A%87%E9%99%B5」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール