ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

和泉・松尾寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

2019年12月1日 (日) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
移動: 案内, 検索

松尾寺(まつおでら)は、葛城山系の、大阪府和泉市松尾寺町にある天台宗寺院。本尊は如意輪観音関東祈祷所天台宗延暦寺派。山号は阿弥陀山。(参考:同名寺院松尾寺

目次

歴史

古代

672年(弘文1年/天武1年)、役小角が創建。泰澄が中興して三所権現を祀った。白鳳時代の瓦が出土している。 『日本往生極楽記』『今昔物語集』では尋祐という僧が住んで、往生の時に全身が輝いたという説話を載せる。修験道の霊場として発展したとみられる。

鎌倉時代・南北朝時代

鎌倉時代には幕府や朝廷の祈願所となる。南北朝時代には南朝に付き、後醍醐天皇の祈願所となっている。 1392年(明徳3年)、足利義満の祈願所となり、以後は歴代将軍の祈願所となる。 室町時代には延暦寺東塔院西谷千手堂の末寺となった。 一方で和泉国惣講師職という職を穴師堂とたびたび争った。

戦国時代

1513年(永正10年)の観心寺合戦では畠山尚順に味方した。 1581年(天正9年)、織田信長高野山攻めに際して松尾寺も攻撃した。 長瑜という寺僧が堺念仏寺に逃げている。 豊臣秀頼四天王寺阿弥陀堂を移築して金堂とし復興した。

(日本歴史地名大系、国史大辞典)

https://shinden.boo.jp/wiki/%E5%92%8C%E6%B3%89%E3%83%BB%E6%9D%BE%E5%B0%BE%E5%AF%BA」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール