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綾護国神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年8月31日 (日)

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綾護国神社(あや・ごこく・じんじゃ)は宮崎県東諸県郡綾町南俣古城(日向国諸県郡)にある招魂社私祭招魂社(宮崎県政八十年史[1])。指定外護国神社

目次

祭神

  • 馬場小吉:1874年(明治7年)2月18日戦死。忠魂史[2]
  • 1984『靖国神社百年史 資料篇 下』
  • 345柱:1988『宮崎県神社誌』
  • 351柱:2023年以前。『宮巡』[3][4]

歴史

  • 1875年(明治8年)4月:佐賀の乱戦死者の馬場小吉を祀るために北俣村に招魂碑を建立。社殿も造営か。
  • 1909年(明治42年)5月:日清戦争・日露戦争の戦没者を合祀。
  • 1938年(昭和13年):社殿造営。
  • 1939年(昭和14年):護国神社制度施行により、綾護国神社と称す(4月1日のはずだが『宮崎県神社誌』によると10月11日という)。
  • 1942年(昭和17年)12月21日:現在地に新築遷座。
  • 1952年(昭和27年):台風被害で修復
  • 1975年(昭和50年):台風被害で修復

境内

  • 「陸軍歩兵馬場小吉招魂碑」:「曩充兵員在熊本鎮台明治七年佐賀暴徒之蜂起也正吉赴役於彼地暴徒囲佐賀城小吉等衝重囲而出勇戦死之享年二十有二。明治八年四月建設。明治四十二年五月 日改築」[5]
  • 「忠烈」碑:1936年(昭和11年)建立。田村一三(1882-1904)の記念碑。日高重孝撰。
  • 御製碑:明治天皇御製と昭憲皇太后御歌が刻まれている。
  • 「霊人之碑」:1976年(昭和51年)11月19日建立。
  • 慰霊碑:名称不明。塔の頂部に鳥か。
  • 「丁丑役戦亡招魂塚」:西南戦争薩摩軍の慰霊碑か。
  • 忠魂碑:碑面が削り取られている。
  • 石仏:空海か

資料

  • 『靖国神社百年史 資料篇 下』[6]
  • 1988『宮崎県神社誌』[7]
https://shinden.boo.jp/wiki/%E7%B6%BE%E8%AD%B7%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE」より作成

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