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サウジアラビアのイスラム教
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年1月11日 (土)
- 1745年:サウード家とワッハーブの盟約。
- 1802年:カルバラーの聖フサイン廟を破壊
- 1818年:オスマントルコにより第一次サウード朝滅亡
- 1803年:メッカとメディナを支配
- 1889年:第二次サウード朝滅亡
- 1903年:勧善懲悪委員会の前身が設立
- 1914年:第一次大戦
- 1926年1月8日:メッカで即位式。サウード朝ヒジャーズ王国成立
- 1926年6月:カーバ神殿マフミル事件
- 1930年:勧善懲悪委員会が政府の管理下となる
- 1932年:サウジアラビア王国成立
- 1954年:イスラム法布告総庁設置
- 1962年:世界イスラム連盟設立
- 1964年:ファイサル国王即位。近代化を進める
- 1969年:イスラム諸国首脳会議を開催。イスラム諸国会議機構(OIC)設立を決議
- 1970年:第一回宗教界改編。前年の最高法官ムハンマド・イブン・イブラヒーム・アール・シェイフの死去を機に始まる。司法省を設置
- 1971年:最高ウラマー会議を設置
- 1973年:イスラム法布告総庁を「イスラム研究・イスラム法布告・宣教・善導総庁」と改称
- 1976年:勧善懲悪委員会の長官を大臣級とする
- 1979年:勧善懲悪委員会、首相直属の独立機関となる
- 1979年2/1:<イラン革命>
- 1979年11/20:イスラム暦1400年元日。聖モスクが「源流ワッハーブ主義」の武装集団に占拠される。12/5になって鎮圧。この間、金曜礼拝が中断したのはかつてない不祥事とされた。
- 1979年11/29:東部のシーア派住民と国家警備隊が衝突。
- 1979年12/24:ソ連のアフガニスタン侵攻。
- 1986年:ファハド国王、国王の称号を「陛下」から「二聖都の守護者」に変更
- 1987年:イランからの聖地巡礼団と治安部隊が衝突して402人死亡
- 1991湾岸戦争。アメリカ軍の駐留を認めたことで、反米過激派を産むことになる
- 1992国家基本法なと公布
- 1993年:第二回宗教界改編。最高法官を再設置。「イスラム問題・ワクフ・宣教・善導省」(宗教省)を設置。
- 1993年10月:反体制シーア派組織と和解
- 2001/9/11アメリカ同時多発テロ
- 2006メッカの「悪魔の石柱」整備
- 2007/11アブドッラー国王、バチカンを訪問