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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

ファーティマ朝

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年8月20日 (木)

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ファーティマ朝カイロを首都としたイスラム王朝。西暦909年(回暦296年)に始まり、西暦1171年(回暦567年)まで。最初のシーア派国家で、その一派イスマイール派を母体とした。アッバース朝に対抗して君主をカリフと称した。 滅亡後はスンニ派アイユーブ朝がエジプトを支配した。

歴代カリフ

  • 1ウバイド・アッラーフ[`Ubayd Allāh al-Mahdī](873-934)<909-934>:ムハンマドの娘ファーティマの子孫(アリー家)を称す。王朝の名称はこれに由来する。チュニジアのマハディアに首都を置いた。
  • 2カーイム[Al-Qa'im](893-946)<934-946>:
  • 3マンスール[al-Manṣūr, Ismā‘īl](913-953)<946-953>:新都マンスーリーヤを建設。
  • 4ムイッズ[al-Mu‘izz li-Dīn Allāh](931-975)<952-975>:972年、カイロ遷都。
  • 5アズィーズ[al-`Azīz](955-996)<975-996>:アジーズ。ファーティマ朝の版図が最大になった。
  • 6ハーキム[al-Ḥākim bi-Amr Allāh](985-1021)<996-1021>:ハーキムモスクを建設。ドゥルーズ派で神格化されている。同派ではガイバ(お隠れ)を行っているとされ、いずれ救世主として再臨するとしんじられている。
  • 8ムスタンシル[al-Mustanṣir](1029-1094)<1036-1094>:
  • 9ムスタアリー[Al-Mustaʽli](1074-1001)<1094-1101>:
  • 10アーミル[Al-Amir bi-Ahkam Allah](1096-1130)<1101-1130>:
  • 11ハーフィズ[Abd al-Majīd al-Ḥāfiẓ](1074?-1149)<1130-1149>:
  • 12ザーフィル[al-Ẓāfir](1133-1154)<1149-1154>:
  • 13ファイーズ[al-Fā'iz](1149-1160)<1154-1160>:
  • 14アルアーディド[al-'Āḍid](1151-1171)<1160-1171>:
http://shinden.boo.jp/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%9E%E6%9C%9D」より作成

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