ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

世界真光文明教団

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2022年11月11日 (金)

移動: 案内, 検索

世界真光文明教団は静岡県伊豆市に本部を置く真光系信仰の教団。

目次

施設

伊豆

  • 主晃一大神宮:静岡県伊豆市冷川。世界総本山。
  • 奥宮:不詳
  • ミロク神殿:静岡県伊豆市冷川。
  • 富士陽光ホテル:静岡県伊豆市冷川。
  • ミロク霊園:
  • 天城会館:
  • 陽光会館:
  • 富士陽光学園:静岡県伊豆市中原戸
  • 中伊豆医院:?

その他

  • 神田仮道場:東京都千代田区神田須田町。現状不詳。最初の本部。
  • 羽根木元み魂座:東京都世田谷区羽根木。現状不詳。二番目の本部。
  • 仮神殿:東京都大田区田園調布。三番目の本部。田園調布魂霊修験道場。
  • 上野元み魂座:東京都台東区?
  • 観音山神殿:長野県下伊那郡天龍村。
  • 陽光美術館:佐賀県武雄市武雄町武雄。公益財団法人。

歴史

教祖時代

  • 1901年(明治34年)2月27日:岡田光玉、東京青山に誕生。本名は良一。(『新宗教教団人物事典』)
  • 1922年(大正11年):岡田光玉、陸軍士官学校卒。近衛歩兵第一連隊に配属。(『新宗教教団人物事典』)
  • 1941年(昭和16年):ベトナム戦線にてカリエス再発。重症化して帰国。「あと3年の命」といわれるが、信仰生活により無事に回復したという。陸軍中佐まで昇進したが軍隊をやめ、飛行機会社をはじめ様々な事業を手掛けたという。(『新宗教教団人物事典』)
  • 1945年(昭和20年):空襲で経営する会社の工場が全焼。莫大な借財を負う。(『新宗教教団人物事典』)
  • 戦後:世界救世教に入信。(『新宗教教団人物事典』)
  • 1959年(昭和34年)2月27日:岡田光玉、58歳の誕生日に最初の神示を得た。のちに立教の日とされる。
  • 1959年(昭和34年)6月11日:大森天祖神社で第1回真光初級研修会開催。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1959年(昭和34年)8月28日:東京神田須田町で「L・H陽光子友乃会」設立。33人が集まる。LはLUCKY(幸福)、HはHEALTH(健康)を意味するという。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1959年(昭和34年):この年、関口栄、入会。(『新宗教教団人物事典』『世界真光文明教団50年史』)
  • 1960年(昭和35年)6月:疑問をもつ神道家による「天杖によるみ魂調べ」により「崇盟五道」「与崇賀従道」「ヨスカ龍神」の神示を得た。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1962年(昭和37年):この年より「火の洗礼」の時代に入ったとされる。
  • 1962年(昭和37年)2月4日:羽根木に元み魂座完成。本部を神田から羽根木に移転。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1962年(昭和37年)7月1日:機関紙「真光」創刊(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1962年(昭和37年):世界真光文明教団、設立。
  • 1963年(昭和38年)1月1日:第1回元旦祭(『世界真光文明教団50年史』)。以後、祭典行事が整備。
  • 1963年(昭和38年)1月15日:機関紙「陽光タイムス」創刊。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1963年(昭和38年)11月19日:宗教法人世界真光文明教団として登記。会長から教え主に職名変更。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1967年(昭和42年)3月4日:田園調布の仮神殿の地鎮祭。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1968年(昭和43年)2月4日:田園調布に主座仮神殿を建立。立春祭に合わせて竣工奉告祭・遷座祭。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1968年(昭和43年)8月25日:本部及び日比谷公会堂での立教9周年大祭で主神神殿の名を「主晃一大神宮」とする。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1969年(昭和44年)4月:東京都戦没者霊苑で慰霊祭。初の公的な場での行事を務めたという。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1969年(昭和44年)8月24日:台東体育館で立教10周年大祭。6000人以上が出席。世界本山建立を発表。造営委員長に関口栄。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1969年(昭和44年):神示を『御聖言』にまとめる。(『新宗教教団人物事典』)
  • 1970年(昭和45年)春:パリ進出(崇教真光566号)。初の海外進出。
  • 1970年(昭和45年)5月1日:訓練部を設置。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1971年(昭和46年)9月:パリで海外初の初級研修会を開催(崇教真光566号)。
  • 1971年(昭和46年)12月29日:セントデニスザンテ勲章(不詳)受賞。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1972年(昭和47年)12月16日:熱海陽霊元み霊座竣工。世界本山地鎮祭。熱海玄岳に建設を予定していた。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1973年(昭和48年):世界真光文明教団、国際班設置。9月岡田光玉、ヨーロッパを巡教。(『縮刷版新宗教事典』)
  • 1973年(昭和48年)12月:ブラジル進出
  • 1974年(昭和49年):国際班が国際部に昇格。欧州アフリカ方面、北米方面、南米方面の3部署を設置。のちの教団分裂で多くは崇教真光に流れたといわれる。(『縮刷版新宗教事典』)
  • 1974年(昭和49年):北米進出。

教団分裂

  • 1974年(昭和49年)6月13日:岡田光玉養女の岡田恵珠、熱海の陽霊元み魂座の神前において、「ヨのみ霊もちて娘に与えよ」との神示により「ヨのみ霊」を継承し、「ヨのみ役」を授かったという。一方で「二代教え主を関口栄に」との神示があったともいう。裁判で争点の一つとなる。(『新宗教教団人物事典』『世界真光文明教団50年史』)
  • 1974年(昭和49年)6月16日:高崎市問屋街センターで北関東方面合同周年祭。岡田光玉最後の教示。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1974年(昭和49年)6月23日:岡田光玉、死去。後継者の係争が始まる。世界真光文明教団では「第1回大ミソギハラヒ」と呼ぶ。(『世界真光文明教団50年史』)(『縮刷版新宗教事典』)
  • 1974年(昭和49年)6月24日:関口栄、本部神前で教え主用の御み霊を継承。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1974年(昭和49年)7月5日:養女の岡田恵珠が代表役員登記。同年、関口栄が代表役員の地位にあることを仮に定めることと岡田恵珠の代表役員としての職務執行停止を求める訴えを東京地裁に起こした。(『縮刷版新宗教事典』)
  • 1974年(昭和49年)7月13日:日本武道館でみたまおくりの祭。関口栄の二代教え主への就任を発表。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1974年(昭和49年)11月24日:上野本部で秋季大祭(『世界真光文明教団50年史』)。この時には関口派は上野に本部をおいていたようだ。
  • 1974年(昭和49年)12月15日:「真光タイムス」創刊。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1975年(昭和50年)7月24日:東京地裁民事第八部、関口の訴えを却下。関口控訴。(『縮刷版新宗教事典』)
  • 1975年(昭和50年)1月11日:関口栄、神示と共に「聖峰」の神名を授かる。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1975年(昭和50年):コートジボワールに進出
  • 1977年(昭和52年)3月31日:東京高裁、一審の判決を取り消し、関口の訴えを認める。岡田が上告。(『縮刷版新宗教事典』)
  • 1977年(昭和52年)4月6日:田園調布本部、関口派に渡される。8月11日から神業再開。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1977年(昭和52年)9月22日:最高裁判決、上告棄却。世界真光文明教団の代表役員は関口栄と法的に確定する。(『縮刷版新宗教事典』)
  • 1978年(昭和53年)6月:岡田恵珠、崇教真光の設立。宗教法人認証。
  • 1982年(昭和57年)7月10日:世界真光文明教団と崇教真光の和解成立。(『世界真光文明教団50年史』)


主座建設へ

  • 1978年(昭和53年)4月:関口栄、メキシコ・中南米を巡教。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1978年(昭和53年)9月10日:機関誌「真光」復刊。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1978年(昭和53年)10月:関口栄、ネパール、インドを巡教。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1981年(昭和56年)12月6日:大炎開陽霊祭で主座建設を発表。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1982年(昭和57年)2月10日:主座建設地を伊豆天城だと発表。60万坪。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1982年(昭和57年)4月2日:ミロク神殿地鎮祭。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1982年(昭和57年)11月6日:起工式。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1983年(昭和58年)2月24日:主座建立のため山梨県神座山檜峰神社の檜を入手。伐採式。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1983年(昭和58年)12月11日:ミロク神殿、竣工祭。18日にも。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1984年(昭和59年)1月8日:月始祭で3年以内に主座建立を宣言。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1984年(昭和59年)5月:栄光荘竣工。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1985年(昭和60年)5月5日:地鎮祭。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1986年(昭和61年)1月12日:起工式。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1987年(昭和62年)1月11日:上棟式。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1987年(昭和62年)3月30日:第2回大ミソギハラヒ。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1987年(昭和62年)7月14日:奥宮上棟祭。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1987年(昭和62年)8月23日:主座世界総本山、竣工。遷座。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1988年(昭和63年)8月30日:アメリカで宗教法人取得。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1989年(平成1年)4月2日:崇教実践陽光大学発足。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1991年(平成3年)7月:南米初の道場。モンテビデオ道場。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1992年(平成4年)10月:台湾に崇教実践陽光大学分校を開始。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1993年(平成5年)2月:陽光文明研究会発足。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1993年(平成5年)12月:学校法人富士陽光学園を設立。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1994年(平成6年)1月3日:関口栄死去。関口勝利、3代目を継承。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1994年(平成6年)3月25日:上野元み魂座竣工。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1994年(平成6年)4月3日:先祖頌徳碑建立。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1994年(平成6年)4月25日:中伊豆医院竣工。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1994年(平成6年)5月4日:陽光橋竣工。「天城ミロクの里自然公園」計画第1期の神域部分は完成。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1996年(平成8年)3月:松本道場竣工。以後、地方道場の建設を推進する。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1996年(平成8年)4月18日:台湾で宗教財団法人設立。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1996年(平成8年)9月:佐賀県に陽光美術館設立。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1997年(平成9年)7月24日:陽光会館竣工。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1997年(平成9年)9月10日:観音山神殿、竣工遷座祭。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1998年(平成10年)3月:ブラジルで宗教法人取得。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1998年(平成10年)12月:アフリカ・コンゴ道場で初級研修会。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1999年(平成11年)12月21日:ニューヨーク道場開設。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 2000年(平成12年)5月5日:恢弘大会。スピリチュアルボランティア発足。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 2000年(平成12年)5月13日:富士コンピュータ専門学校竣工。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 2000年(平成12年)6月4日:第2期計画始まる。地鎮祭。起工式。霊園を開発。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 2002年(平成14年)8月3日:霊園第1工区竣工。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 2006年(平成18年)6月:霊園第2工区竣工。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 2004年(平成16年)6月6日:岡田光玉30周年祭。「祖師の一連の喪祀りをすべて終了」とし、聖鳳碑を建立した。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 2005年(平成17年)7月2日:合祀棟を備えた天城会館を竣工。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 2006年(平成18年)10月:主座20周年修宮。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 2007年(平成19年)3月30日:「教団大ミソギを顧みる会」(『世界真光文明教団50年史』)
  • 2009年(平成21年)6月6日:錬成館竣工。(『世界真光文明教団50年史』)

組織

歴代

  • 1岡田光玉(1901-1974)
  • 2関口栄()
  • 3関口勝利()
http://shinden.boo.jp/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E7%9C%9F%E5%85%89%E6%96%87%E6%98%8E%E6%95%99%E5%9B%A3」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール