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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

両神山

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年4月18日 (水)

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両神山


目次

概要

由緒

歴史

信仰

系譜

構成

両神山
名称 所在地 コメント
両神山浦島口 御嶽神社(旧金剛院) 埼玉県秩父郡小鹿野町両神薄6785 浦島登山道入口にある里宮。旧金剛院。もと山本坊配下の本山派修験寺院だった。薄平家が神職を勤める。神社2階はかつては宿坊だった。近くに「不動の滝」がある。中世に創建されたとされる。普寛は、三峰山にいたころ、金剛院においても後の高弟である順明の祖父に師事して修行したという(『木曽御嶽信仰』164)。1865年(慶応1年)の石碑には「両神大権現別当 御嶽蔵王大権現 金剛院入口」とある。1866年(慶応2年)に寿光が浦島登山道を開く。普寛の分骨が納められているという。(椿真智子、城戸貴子1991「秩父両神村における修験の展開と変質」『歴史地理学調査報告』5、千嶋寿1979(昭和54)「両神山の信仰」)
両神山浦島口 浦島沢不動滝 埼玉県秩父郡小鹿野町 浦島尾根山内 浦島口里宮付近にある滝場。
両神山浦島口 両見山奥宮 埼玉県秩父郡小鹿野町 浦島尾根山内 両見山は浦島口里宮の裏山。両神山御嶽神社の遥拝所だという。
両神山浦島口 辺見岳 埼玉県秩父郡小鹿野町 浦島尾根山内 かつて摩利支天像が祀られていたが、台座のみが残る(飯野頼治『両神山-風土と登山案内』)。
両神山浦島口 三笠山 埼玉県秩父郡小鹿野町 浦島尾根山内 三笠山の神を祀る山だと思われる。頂上には三体の神像があるが、天照・八幡・春日の三神だという。中腹に天狗像や石像がある。また三笠山西峰の「エビヅルノ頭」に三天狗像がある。東峰には衣冠姿の石像がある。
両神山浦島口 両神権現社 本社(旧金剛院) 埼玉県秩父郡小鹿野町 両神山山上 御嶽神社(旧金剛院)の本社。山頂近くにある神社。両神明神社本社のすぐ隣にある。イザナギ・イザナミを祀る。奥に大日如来像が安置されているという。南向き。かつては「奥之院両神山大権現」と呼ばれていた。「御嶽神社」とも呼ばれている。1812年(文化9年)ごろの創建だという。(椿真智子、城戸貴子1991「秩父両神村における修験の展開と変質」『歴史地理学調査報告』5、千嶋寿1979(昭和54)「両神山の信仰」)
両神山浦島口 御嶽神社 奥社(旧金剛院) 埼玉県秩父郡小鹿野町 両神山山上 御嶽神社(旧金剛院)の奥宮。金剛院寿光が1866年(慶応2年)に両神山頂上(剣ケ峰)に御嶽神社奥社を創建。山頂近くには、木曽福島の太元講が寄進した「八海山国狭槌淳尊」「御嶽山国常立尊」「三笠山豊斟渟尊」の石碑があるという。両神明神(旧観蔵院)には山頂奥社はないらしい。(椿真智子、城戸貴子1991「秩父両神村における修験の展開と変質」『歴史地理学調査報告』5)
両神山日向大谷口 両神神社(旧観蔵院) 埼玉県秩父郡小鹿野町両神薄9993 日向大谷登山道入口にある里宮。旧観蔵院。もと当山派修験寺院だった。近世中期に創建されたらしく、初代観蔵院は1713年(正徳3年)に死去している。1856年(安政3年)から1872年(明治5年)まで「両神山金生寺」と称し、1872年(明治5年)に「八日見神社」、大正時代に「両神神社」と改称した。近くに腰越之滝がある。(椿真智子、城戸貴子1991「秩父両神村における修験の展開と変質」『歴史地理学調査報告』5)
両神山日向大谷口 腰越之滝 埼玉県秩父郡小鹿野町 両神山山内 日向大谷口里宮近辺にある滝場。かつて登拝前にみそぎしたという。(椿真智子、城戸貴子1991「秩父両神村における修験の展開と変質」『歴史地理学調査報告』5)
両神山日向大谷口 参道 埼玉県秩父郡小鹿野町 両神山山内 里宮から清滝に至る参道には多くの神仏が祀られている。三十六童子が道標を兼ねて建てられている。また意波羅天や八海山の神像や荒沢不動が祀られている。観蔵像、覚明像、普寛像、一心像や霊神碑も見られる。弘法の井戸もある。
両神山日向大谷口 清滝 埼玉県秩父郡小鹿野町 両神山山内 産泰尾根の麓にある滝場。避難小屋がある。不動明王が祀られている。日本武尊像もあるらしい(飯野頼治『両神山-風土と登山案内』)。
両神山日向大谷口 両神明神社本社 埼玉県秩父郡小鹿野町 両神山山上 両神神社(旧観蔵院)の本社。山頂近くにある。イザナギ・イザナミを祀る。東向き。「両神山大明神」と呼ばれていた。(椿真智子、城戸貴子1991「秩父両神村における修験の展開と変質」『歴史地理学調査報告』5、千嶋寿1979(昭和54)「両神山の信仰」)
両神山尾之内口 龍頭神社里宮 埼玉県秩父郡小鹿野町河原沢996-1 龍頭神社の里宮。尾之内口の登山口に鎮座する。龍頭大明神を祀るという。1937年(昭和12年)、諏訪神社、八幡神社を合祀。(千嶋寿1979(昭和54)「両神山の信仰」)
両神山尾之内口 龍頭神社奥宮 埼玉県秩父郡小鹿野町 両神山山上 龍頭神社の奥宮。剣ケ峰の北、東岳と西岳の間の峰に鎮座する。

組織

参考文献

http://shinden.boo.jp/wiki/%E4%B8%A1%E7%A5%9E%E5%B1%B1」より作成

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