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セン蔔林寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2022年4月24日 (日)

南禅僧堂から転送)
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薝蔔林寺(せんぷくりんじ)は、京都府京都市左京区にある臨済宗南禅寺の塔頭寺院。臨済宗南禅寺派専門道場が設置されている。南禅僧堂

1731年(享保16年)僧堂開単。1796年(寛政8年)禅堂を建立。大観文殊がセン蔔林寺と命名した。

組織

師家

  • 大道恵雲()<>:
  • 大観文殊(1677-1842)<>:セン蔔林寺と命名
  • 豊田毒湛(1840-1917)<>:4代管長。
  • 河野霧海(1864-1935)<1903-1935>:5代管長。1903年(明治36年)南禅僧堂師家。1909年(明治42年)から1928年(昭和3年)まで南禅寺派管長。管長引退後も師家を続ける。南禅寺正的院を復興し隠棲。1935年(昭和10年)6月20日死去。
  • 加藤至道(1864-1944)<1935-1940>:7代管長。1935年(昭和10年)南禅僧堂師家を兼務。1940年(昭和15年)管長師家を退任。
  • 島田菊僊(1872-1959)<1940-1942>:8代管長。1940年(昭和15年)南禅寺派管長・南禅僧堂師家。翌年、永保寺住職・虎渓山僧堂師家も兼務。1942年(昭和17年)南禅僧堂師家を退任するが、後任の華山大義の死去で1945年(昭和20年)10月、再任する。1948年(昭和23年)6月、南禅師家を退任。
  • 華山大義(1889-1945)<1942-1945>:1929年(昭和4年)妙心寺京城別院住職。1942年(昭和17年)南禅僧堂師家。1945年(昭和20年)10月14日、ソウルから引揚船が機雷に触れ沈没。死去。
  • 島田菊僊(1872-1959)<1945-1948>:8代管長。
  • 柴山全慶(1894-1974)<1948-1967>:9代管長。1948年(昭和23年)6月、南禅僧堂師家。1959年(昭和34年)南禅寺派管長。1965年(昭和40年)、アメリカのヘインズ財団の招請でクレアモント大学やコルゲート大学で禅を講じる。1967年(昭和42年)7月、師家を退任。1974年(昭和49年)8月29日死去。
  • 勝平宗徹(1922-1983)<1967-1983>:10代管長。1967年(昭和42年)南禅僧堂師家。1974年(昭和49年)11月、南禅寺派管長。1983年(昭和58年)11月18日死去。
  • 高山泰巌(1929-1998)<1984-1998>:洞春寺21世。1984年(昭和59年)から1998年(平成10年)まで師家。
  • 日下元精(1955-)<1998->:洞春寺22世。1998年(平成10年)師家。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E3%82%BB%E3%83%B3%E8%94%94%E6%9E%97%E5%AF%BA」より作成

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