ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。

南禅寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2022年4月24日 (日)

移動: 案内, 検索

南禅寺(なんぜんじ)は、京都府京都市左京区にある臨済宗本山寺院臨済宗南禅寺派大本山。開山は東福寺3世無関普門だが、すぐに死去したため、2世の規庵祖円が造営に当たった。開基亀山上皇の離宮禅林寺殿の跡地に建てられ、日本五山十刹では最高位の五山之上とされる。近隣の禅林寺も草創に関連しているともいう。塔頭には亀山上皇の塔所南禅院がある。当初は龍安山禅林禅寺と称したが、のち瑞龍山太平興国南禅禅寺と改めた。大覚寺統の庇護を受けた。本堂に当たる仏殿は中絶したままで、釈迦如来を本尊とする法堂が中心となっている。以心崇伝徳川家康の帰依を受け、その自坊金地院は幕末まで五山派の全寺院を管轄する臨済宗僧録を務めた。金地院東照宮もある。塔頭セン蔔林寺専門道場が設置されている(南禅僧堂)。鎮守は綾戸神社。(参考:同名寺院南禅寺_(同名)

目次

歴史

伽藍

南禅寺(国土地理院空中写真より)
南禅寺中心部(国土地理院空中写真より)
南禅寺金地院と金地院東照宮(国土地理院空中写真より)
  • 仏殿:廃絶したまま。
  • 法堂:現在の事実上の本堂。1909年(明治42年)の再建。本尊は釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩。
  • 本坊:
  • 方丈:天正年間造営の京都御所清涼殿を1611年(慶長16年)移築したと言われる。
  • 三門:楼閣上に宝冠釈迦坐像を本尊として月蓋長者、善財童子、十六羅漢を祀る。以心崇伝、徳川家康、藤堂高虎の像やゆかりの人物の位牌も祀られている。1628年(寛永5年)に藤堂高虎が再建。
  • 亀山天皇分骨所
  • 金地院東照宮

塔頭

以上の他、政教中正論[1]には次がある。

  • 雲門庵
  • 大峰院
  • 正眼院
  • 語心院
  • 上生院
  • 慈座院
  • 瑞雲院
  • 小林院
  • 松樹軒
  • 寿光庵
  • 妙香軒
  • 正周庵
  • 金龍軒
  • 慶雲軒
  • 翠陰軒

組織

歴代南禅寺住職(中世1)

世数 生没年 在職年 略歴
1 無関普門 1212-1291 1291-1291 1212年(建暦2年)生。晩年に南禅寺住職に請われるが直後の1291年(正応4年)12月12日死去。諡号は仏心禅師・大明国師。
2 規庵祖円 1261-1313 1292-1313 仏光派。無学祖元の法嗣。南禅寺の基礎を築いた。1261年(弘長1年)生。1292年(正応5年)南禅寺住職。1313年(正和2年)4月2日死去。諡号は南院国師。著書『南院国師語録』。
3 一山一寧 1247-1317 1313 来日僧。頑極行弥の法嗣。1247年(宝治1年)生。元が日本に降伏を促す使者として来日。建長寺鎌倉円覚寺浄智寺を経て後宇多法皇の命で1313年(正和2年)南禅寺住職。1317年(文保1年)10月25日死去。著書『一山国師語録』。
4 絶崖宗卓 ?-1334 不詳 南浦紹明の法嗣。崇福寺万寿寺を経て南禅寺住職(年次不詳)。浄智寺に移り、山城妙勝寺、京都龍翔寺京都円福寺豊後円福寺を開く。1334年(建武1年)6月27日死去。諡号は広智禅師。
5 約翁徳倹 1245-1320 1318 蘭渓道隆の法嗣。建仁寺、建長寺、南禅寺を歴任。1245年(寛元3年)生。1318年(文保2年)12月、法皇の命で南禅寺住職。1320年(元応2年)5月19日死去。
6 見山崇喜 ?-1323 不詳 上野国出身。生年不詳。無学祖元の法嗣。入宋。上野長楽寺7世、浄智寺、南禅寺6世を歴任。常陸三会寺、信濃興禅寺を創建。1323年(元亨3年)6月8日死去。仏宗禅師。
7 双峰宗源 1263-1335 1321 筑前国出身。1263年(弘長3年)生。初名は逢源。1275年(建治1年)東福寺円爾弁円に師事。1283年(弘安6年)鎌倉で無学祖元に謁す。1305年(嘉元3年)筑前崇福寺住職。1310年(延慶3年)1カ月だけ上京。1315年(正和4年)東福寺住職。1319年(元応1年)鎌倉に下る。1321年(元亨1年)勅で南禅寺住職。宮中で後宇多法皇に法話。李部親王が帰依し、妃の御所を寄進して大聖寺を開く。1325年(正中2年)大聖寺開堂。1327年(嘉暦2年)東福寺に再任。翌年退任し、桂昌庵に隠居。同年、再び南禅寺に招かれるが固辞。1334年(建武1年)東福寺再任を請われるが固辞。1335年(建武2年)11月22日死去。1340年(興国1年/暦応3年)11月20日、双峰国師。
8 通翁鏡円 1258-1325 不詳 南浦紹明の法嗣。1258年(正嘉2年)生。高峰顕日、南浦紹明に師事。洛西に正眼庵を結ぶ。花園天皇の勅で万寿寺住職。後醍醐天皇の勅で南禅寺住職となり普照大光国師号を特賜。正中の宗論に勝つ。1325年(正中2年)閏1月27日死去。浄光と号す。
9 夢窓疎石 1275-1351 1325 1275年(建治1年)生。1325年(正中2年)8月、南禅寺住職。1334年(建武1年)10月10日、南禅寺住職再任。1336年(延元1年/建武3年)1月南禅寺退任。1351年(正平6年/観応2年)死去。
10 潜渓処謙 ?-1330 不詳 円爾弁円の法嗣。武蔵国出身。生年不詳。無学祖元、円爾弁円に師事。1312年(正和1年)筑前承天寺住職。のち東福寺、南禅寺を歴任。後醍醐天皇に説法。播磨宝光寺、摂津澄心寺、伊勢浄法寺を開く。1330年(元徳2年)5月2日死去。塔所は本成寺(東福寺塔頭)。諡号は普円国師。
11 元翁本元 1282-1332 1329 永保寺開山。1282年(弘安5年)生。1329年(元徳1年)10月10日、南禅寺住職。1332年(元弘2年/正慶1年)死去。
12 嵩山居中 1277-1345 1332 西澗子曇の法嗣。遠江国出身。源氏。1277年(建治3年)生。1309年(延慶2年)入元。1318年(文保2年)再度入元し、古林清茂に師事。1323年(元亨3年)帰国。1332年(元弘2年)南禅寺住職。ついで建仁寺住職。1342年(興国3年/康永1年)円覚寺、ついで建長寺住職。1345年(興国6年/貞和1年)2月6日死去。諡号は大本禅師。著書『少林一曲』。
13 明極楚俊 1262-1336 1333 建長寺を経て1333年(元弘3年/正慶2年)10月、南禅寺住職。1336年(延元1年/建武3年)4月7日建仁寺住職。
夢窓疎石 1275-1351 1334-1336 再任。
14 清拙正澄 1274-1339 1336 清拙派(大鑑派)の祖。元の渡来僧。福州(福建省)出身。愚極智慧の法嗣。浄智寺・円覚寺16世・建長寺22世・建仁寺23世・南禅寺14世に歴住。開善寺開山となる。1333年(元弘3年)10月20日、建仁寺住職。1336年(延元1年/建武3年)1月南禅寺住職。1338年(延元3年/暦応1年)12月17日、南禅寺住職退任するが翌日再任。諡号は大鑑禅師。(略歴は建仁寺#組織を参照)
15 虎関師錬 1278-1346 1339-1341 1339年(延元4年/暦応2年)3月14日から1341年(興国2年/暦応4年)1月18日まで南禅寺住職。1346年(正平1年/貞和2年)7月24日死去。
16 竺仙梵僊 1292-1348 1341 来日僧。中国明州出身。保寧寺の古林清茂の法嗣。1329年(元徳1年)明極楚俊と共に来日。1332年(元弘2年/正慶1年)2月浄妙寺、1334年(建武1年)浄智寺浄智寺楞伽院開山、1338年(延元3年/暦応1年)無量寿寺開山。1341年(興国2年/暦応4年)4月6日、南禅寺16世。1343年(興国4年/康永2年)南禅寺楞伽院開山、1346年(正平1年/貞和2年)2月真如寺、1347年(正平2年/貞和3年)1月建長寺29世を歴任。浄智寺楞伽院で死去し、塔所とする。「竺仙梵仙」とも。
17 天庵妙受 1267-1345 不詳 仏光派。高峰顕日の法嗣。1267年(文永4年)生。浄智寺、万寿寺、真如寺を歴任。1334年(建武1年)4月10日、万寿寺住職。1342年(興国3年/康永1年)12月21日、足利尊氏丹波安国寺開山に招かれる。これ以前に南禅寺住職就任か。1345年(興国6年/貞和1年)10月21日死去。79歳。塔所は真如寺宝光院、安国寺。仏性禅師。「天菴妙受」とも。
18 可翁宗然 ?-1345 1344 南浦紹明の法嗣。1320年(元応2年)、寂室元光らと共に入元し10年間滞在。崇福寺、万寿寺、建仁寺を経て1344年(興国5年/康永3年)南禅寺住職。1345年(興国6年/貞和1年)4月25日死去。普済大聖禅師。
19 蒙山智明 1277-1366 1345 1345年(興国6年/貞和1年)南禅寺19世。天龍寺9世。1366年(正平21年/貞治5年)8月20日死去。
20 乾峰士曇 1285-1361 1347 1347年(正平2年/貞和3年)10月4日、南禅寺住職。1361年(正平16年/康安1年)12月11日死去。
21 無隠元晦 ?-1358 1349 豊前興国寺を創建。1349年(正平4年/貞和5年)10月13日、南禅寺住職となり入寺。1358年(正平13年/延文3年)10月17日死去。
22 大陽義冲 1282-1352 1350 聖一派。大智海の法嗣。1350年(正平5年/観応1年)10月10日、南禅寺住職。1352年(正平7年/文和1年)1月11日死去。
23 東陵永〓 1285-1365 1352 来日僧。曹洞宗宏智派の僧。明州四明出身。無学祖元の親族。1351年(正平6年/観応2年)来日。1352年(正平7年/文和1年)4月8日、将軍足利義詮の命で南禅寺住職。。天龍寺3世・南禅寺23世・建長寺32世・円覚寺26世を歴任。1365年(正平20年/貞治4年)5月6日死去。(〓は「王興」)
24 龍山徳見 1284-1358 1354 南禅寺24世。天龍寺6世。1354年(正平9年/文和3年)3月28日南禅寺住職となりこの日入寺。
25 平田慈均 ?-1364 1357 1357年(正平12年/延文2年)7月29日、南禅寺住職。1364年(正平19年/貞治3年)9月16日死去。
26 放牛光林 1289-1373 1359 南禅寺26世。天龍寺5世。1359年(正平14年/延文4年)3月、南禅寺住職。1373年(文中2年/応安6年)8月9日死去。
27 大林善育 1291-1372 不詳 無象静照の法嗣。相模出身。1291年(正応4年)生。1354年(正平9年/文和3年)建仁寺住職。のち南禅寺住職。1336年(延元1年/建武3年)美濃瑞巌寺を開く。1372年(文中1年/応安5年)12月3日、瑞巌寺で死去。塔所は正宗庵。諡号は僧海禅師。
28 無徳至孝 1284-1363 1362 1362年(正平17年/貞治1年)10月11日、南禅寺住職となりこの日入寺。1363年(正平18年/貞治2年)1月11日死去。
29 此山妙在 1296-1377 不詳 信濃出身。高峰顕日の弟子。入元し1345年(興国6年/貞和1年)7月、帰国。安芸長保寺、京都真如寺、万寿寺、建仁寺38世・天龍寺7世・南禅寺29世・円覚寺42世を歴任。西山崇福寺を開く。1368年(正平23年/応安1年)南禅寺再任。1376年(天授2年/永和2年)6月2日円覚寺住職。1377年(天授3年/永和3年)1月12日死去。美濃安国寺1世。越前永徳寺中興。塔所は円覚寺定正院・建仁寺如在院。
30 無雲義天 1290-1367 不詳 加茂氏。鏡堂覚円の法嗣。1290年(正応3年)生。入元し雲外雲岫に師事。1355年(正平10年/文和4年)建仁寺住職。のち南禅寺住職。1346年(正平1年/貞和2年)播磨法雲寺を開く。1367年(正平22年/貞治6年)5月27日死去。塔所は光沢庵。
31 大道一以 1292-1370 不詳 蔵山順空の法嗣。平氏。1292年(正応5年)生。阿波補陀寺淡路安国寺を開く。1353年(正平8年/文和2年)6月、普門寺住職。1356年(正平11年/延文1年)1月、東福寺住職。のち南禅寺住職。1370年(建徳1年/応安3年)2月26日死去。塔所は南禅寺智覚庵。
32 天境霊致 1291-1381 1366 1366年(正平21年/貞治5年)4月8日、南禅寺住職となり入寺。1368年(正平23年/応安1年)4月27日播磨法雲寺住職。1381年(弘和1年/永徳1年)11月18日死去。
33 定山祖禅 1298-1374 1367-1368 1367年(正平22年/貞治6年)8月3日、南禅寺住職となり入寺。『続正法論』を記して諸宗を排撃。延暦寺強訴。1368年(正平23年/応安1年)11月27日配流。1374年(文中3年/応安7年)11月26日死去。普応円融禅師。
34 無惑良欽 生没年不詳 1368-1368 一山一寧の法嗣。寿福寺。1368年(正平23年/応安1年)南禅寺住職となるが、延暦寺強訴が収まらず退任。「無感良欽」とも。
春屋妙葩 1312-1388 1368-1368 すぐに辞任。
此山妙在 1296-1377 1368 再任。
35 龍湫周沢 1308-1388 1371 1371年(建徳2年/応安4年)2月23日、南禅寺住職。1386年(元中3年/至徳3年)9月9日再任。1388年(元中5年/嘉慶2年)9月9日死去。
36 在庵普在 1298-1376 不詳 東海竺源の法嗣。阿波出身。源氏。1298年(永仁6年)生。妙光寺。1368年(正平23年/応安1年)建仁寺住職。天龍寺、南禅寺、建長寺を歴任。勝因寺に隠棲。1376年(天授2年/永和2年)閏7月4日死去。塔所は建仁寺大中庵・南禅寺大定院。諡号は仏恵広慈禅師。在菴普在。
37 清渓通徹 1300-1385 不詳 夢窓疎石の法嗣。1300年(正安2年)生。30年間、入元。天龍寺、南禅寺を歴任。1385年(元中2年/至徳2年)11月4日死去。

歴代南禅寺住職(中世2)

世数 生没年 在職年 略歴
38 義堂周信 1325-1388 不詳 夢窓疎石の法嗣。建仁寺、南禅寺などに住す。五山文学の代表的人物。1366年(正平21年/貞治5年)5月22日、相模善福寺住職。1367年(正平22年/貞治6年)6月17日鎌倉瑞泉寺住職。1369年(正平24年/応安2年)2月17日、瑞泉寺再任。1371年(建徳2年/応安4年)10月15日、上杉能憲に鎌倉報恩寺開山に招かれる。1385年(元中2年/至徳2年)3月20日から1386年(元中3年/至徳3年)7月16日まで南禅寺住職。在職中に「五山之上」となる。『空華日用工夫集』。
39 春屋妙葩 1312-1388 1379- 甲斐出身。平氏。伯父の夢窓疎石に師事。1368年(正平23年/応安1年)南禅寺住職となるがすぐに退任。1379年(天授5年/康暦1年)閏4月23日、南禅寺住職。6月2日入寺。天龍寺10世・南禅寺39世・建長寺54世などを歴任。足利義満の帰依を受け相国寺を創建。初代僧録司。
40 性海霊見 ?-1396 不詳 虎関師錬の法嗣。三聖寺東福寺43世、天龍寺17世、南禅寺40世を歴任。1384年(元中1年/至徳1年)9月16日、常在光院住職。1396年(応永3年)3月21日死去。
41 蘭洲良芳 1305-1384 1380-1380 1305年(嘉元3年)生。1380年(天授6年/康暦2年)11月17日南禅寺住職秉払式。12月16日まで南禅寺住職。1384年(元中1年/至徳1年)12月6日死去。
42 不遷法序 1313-1383 不詳 夢窓疎石の法嗣。1313年(正和2年)生。1383年(弘和3年/永徳3年)12月4日死去。仏照慈明禅師。
43 太清宗渭 1321-1391 1382- 1382年(弘和2年/永徳2年)12月9日、足利義満の命で南禅寺住職。1386年(元中3年/至徳3年)、南禅寺住職再任。1387年(元中4年/嘉慶1年)
44 義堂周信 1325-1388 1385-1386 再任。1385年(元中2年/至徳2年)3月8日、南禅寺住職。1386年(元中3年/至徳3年)7月16日辞任。1388年(元中5年/嘉慶2年)4月4日死去。
龍湫周沢 1308-1388 1386 再任。
太清宗渭 1321-1391 1386 再任。
45 竺芳祖裔 1312-1394 不詳 石梁仁恭の法嗣。建仁寺、南禅寺、真如寺に住す
46 椿庭海寿 1318-1401 1387 入元僧。遠江出身。竺仙梵僊の法嗣。1318年(文保2年)生。元に渡り、23年間滞在。天寧寺蔵主、浄慈寺後堂首座、1372年福昌寺住職を歴任。明の太祖から優遇された。真如寺、浄智寺、円覚寺47世、1386年(元中3年/至徳3年)天龍寺23世、1387年(元中4年/嘉慶1年)南禅寺46世を歴任。1401年(応永8年)閏1月12日死去。塔所は南禅寺語心院高成寺回春庵。
47 中山清穎 不詳 中山法穎?(相模出身。寿福寺・建長寺56世・天龍寺21世・南禅寺47世?に歴住。1381年(弘和1年/永徳1年)?1389年(元中6年/康応1年)?11月7日死去。)
48 霊岳宗古 生没年不詳 不詳 一山派。雪村友梅の法嗣。播磨梅岳寺、丹波城禅寺を創建。天岩宗古。
49 徳叟周佐 1324-1400 1745年(延享2年) 1324年(正中1年)生。1400年(応永7年)3月12日死去。宗猷達悟禅師。
50 韶陽長遠 ?-1393 1393年(明徳4年)11月17日死去。
51 卯空光信 生没年不詳 不詳 此山妙在の法嗣。万寿寺41世。印空光信。
52 月心慶円 生没年不詳 不詳 月翁元規の法嗣。信中自敬とともに入元。帰国して美濃定林寺に住す、建長寺、南禅寺。
53 伯英徳俊 ?-1403 1395-1397 了堂素安の法嗣。入元。円覚寺50世、建長寺60世、天龍寺26世、南禅寺53世を歴任。1395年(応永2年)冬から1397年(応永4年)12月30日まで南禅寺住職。1403年(応永10年)9月12日死去。
54 祖濬喆岩 ?-1405 1397 1397年(応永4年)南禅寺住職。1405年(応永12年)8月17日死去。
55 絶海中津 1336-1405 1405年(応永12年)4月5日死去。
56 九峰韶奏 1325-1405 霊峰慧剣の法嗣。東福寺、南禅寺を歴住。南禅寺定光院を創建。1405年(応永12年)11月12日死去。
57 一庵一麟 1329-1407 1401 九条家出身。九条道教の子。龍山徳見の法嗣。薩摩大願寺・万寿寺・建仁寺67世・天龍寺32世・南禅寺57世を歴任。1401年(応永8年)7月16日、南禅寺住職。1407年(応永14年)12月2日死去。79歳。「一菴一麟」。
58 大年祥登 ?-1408 了堂素安の法嗣。入元。建仁寺、南禅寺を歴住。1408年(応永15年)5月15日死去。
59 日東祖旭 ?-1413 聖福寺46世。東福寺、南禅寺に歴住。1413年(応永20年)4月5日死去。
60 大中善益 生没年不詳 不詳 法喜派。大林善育の法嗣。建仁寺71世。
61 大機以縦 生没年不詳 不詳 此山妙在の法嗣。大機以従。
62 秀峰守新 生没年不詳 不詳 肥後出身。雪村友梅の法嗣。
63 大椿周亨 ?-1418 夢窓派。義堂周信の法嗣。山城安国寺、南禅寺63世、1421年(応永28年)大光明寺を歴任。1418年(応永25年)10月死去。
64 玉海良芝 生没年不詳
65 月庭周朗 1322-1403 夢窓疎石の法嗣。相模出身。1322年(元亨2年)生。最初は密教を学びのち禅宗を学ぶ。天龍寺、建仁寺、南禅寺に歴任。1380年(康暦2年)4月4日、建仁寺住職。1403年(応永10年)5月2日死去。塔所は西山明白庵。
66 無求周伸
67 中立一鶚
68 大業徳基 ?-1414 1414年(応永21年)10月14日死去。
69 玉林昌旒 春屋妙葩の法嗣。
70 在中中淹 1342-1428 龍湫周沢の法嗣。相国寺13世、天龍寺38世、南禅寺70世を歴任。1428年(正長1年)10月7日死去。
71 大岳周祟 ?-1423 1423年(応永30年)9月14日死去。
72 信叟厳敬
73 東漸健易 1344-1423 1410- 遠江出身。華峰僧一の法嗣。1344年(興国5年/康永3年)生。摂津広厳寺、東福寺、南禅寺73世を歴任。1410年(応永17年)8月6日、幕命で南禅寺住職。将軍足利義持の知遇を得た。南禅寺回輝庵、東福寺回輝庵を開く。1423年(応永30年)4月17日死去。著書『一華東漸和尚語録』『東漸和尚法語集』。
74 岳林聖菘 一山派。霊岳宗古の法嗣。万寿寺。岳林聖崧。嶽林聖崧。
75 堅中圭密 仏光派。〓叟圭〓の法嗣。天龍寺。足利義満の命で明への外交文書を作成する。真如寺正脈院。某年7月29日死去。塔所は護聖院。賢中圭密。
76 心翁中樹 天龍派。方外宏遠の法嗣。越中黄梅寺、駿河清見寺、相模宝積寺、浄智寺、円覚寺に住す。中心中樹。
77 履中元礼 ?-1413 坐公文。大覚派。南嶺子越の法嗣。1413年(応永20年)10月10日死去。塔所は清泰院。
78 仲芳円伊 1354-1413 大覚派。南嶺子越の法嗣。1354年(正平9年/文和3年)生。1413年(応永20年)8月15日死去。60歳。長慶院。仲方円伊。
79 雲林妙冲 坐公文。仏光派。天庵妙受の法嗣。円覚寺。真如寺正脈院。
80 全用大用 生没年不詳 松源派。少林桂萼の法嗣。長楽寺52世。円覚寺70世。南禅寺80世。塔所は聚祥院。
81 玉〓梵芳 1413 春屋妙葩の法嗣。塔所は投老菴。1413年(応永20年)3月18日南禅寺住職となり入寺。(〓はこざとへんに「宛」)
82 雷門是恵 石翁是堅の法嗣。雷門是轟。
83 聖徒明麟 1413 法灯派。孤峰覚明の法嗣。1413年(応永20年)9月18日南禅寺住職となり入寺。南禅寺禅栖院を創建。塔所は禅栖院。
84 大旒周千 夢窓派。春屋妙葩の法嗣。近江金剛寺、山城宝幢寺に住す。丹波妙徳寺を創建。没年不詳。大幢周千。
85 悦雲宏怡 ?-1420 聖一派。星山至道の法嗣。1420年(応永27年)4月23日死去。
86 廷用宗器 ?-1432 1415 1415年(応永22年)3月4日南禅寺住職となり入寺。1432年(永享4年)8月8日死去。延用宗器。
87 大周周奝 1415 1415年(応永22年)7月29日南禅寺住職となり入寺。
88 仁中景寿 仏光派。蒙山智明の法嗣。就任年、没年不詳。
89 惟忠通恕 1349-1429 1416- 無涯仁浩の法嗣。建仁寺88世。天龍寺52世。南禅寺89世。1416年(応永23年)2月29日、足利義持の命で南禅寺住職。1429年(永享1年)9月25日死去。81歳。
90 嵩岳明中 ?-1420 聖一派。大道一以の法嗣。就任年不詳。1420年(応永27年)8月27日死去。嵩山明中。
91 独鼎中挙 夢窓派。平山善均の法嗣。就任年不詳。没年不詳。
92 大愚性智 ?-1439 1417- 大海寂弘の法嗣。東福寺89世、天龍寺57世、南禅寺92世、建仁寺121世、清見寺を歴任。1417年(応永24年)2月29日、足利義持の命で南禅寺住職。同年7月17日東福寺89世。1439年(永享11年)6月30日死去。
93 士峰元壮 徳〓伯英の法嗣。士峰元快。
94 月岩令在 ?-1425 1425年(応永32年)1月8日死去。
95 子春梵苑
96 仲安梵師 春屋妙葩の法嗣。霊樹院。
97 岐陽方秀 1361-1424 霊源性浚の法嗣。東福寺80世、天龍寺64世、南禅寺97世を歴任。1424年(応永31年)2月3日死去。
98 惟肖得巌 1360-1437 1421 草堂得芳の法嗣。有馬長楽寺、摂津栖賢寺、1409年(応永16年)10月真如寺、1411年(応永18年)、相国寺蘊真軒、同年京都万寿寺、1421年(応永28年)天龍寺69世、同年南禅寺98世を歴任。南禅寺少林院・南禅寺双桂軒に隠棲。1437年(永享9年)4月20日死去。78歳。「惟肖得岩」。
99 一関周玄 生没年不詳 1422 春屋妙葩の法嗣。南禅寺99世。天龍寺68世。1422年(応永29年)8月4日南禅寺住職となり入寺。有声菴。
100 王潭周湛
101 竺堂正曇
102 厳中周〓 1359-1428 春屋妙葩の法嗣。九条家出身。九条経教の子。相国寺22世、天龍寺65世、南禅寺102世を歴任。岩国永興寺24世。1423年(応永30年)3月9日南禅寺住職となり入寺。1428年(正長1年)6月26日死去(1427年(応永34年)とも)。70歳。勝智院。智海大珠禅師。(〓は「王」の周囲に「口」が四つ)
103 無外承広
104 大〓良倫
105 伸伯僧藺
106 一〓聖瑞
107 南宗建〓 1424 1424年(応永31年)7月18日、南禅寺住職。(〓は「旋」の疋の部分が「童」)
108 〓洌如積
109 陽岩済高 東福寺87世。
110 全牛中綮 春屋妙葩の法嗣。宝珠菴。
111 栢堂梵意
112 誠中中〓 春屋妙葩の法嗣。相国寺31世。相国寺鹿苑院52世。瑞林院。(〓はヒ矢欠)
113 文渓霊彦
114 安中善斎
115 巨海周湛 春屋妙葩の法嗣。寿福寺。
116 珪田周玖
117 宗播英叔 ?-1441 1441年(嘉吉1年)9月19日死去。宗播叔英。
118 大徹
119 叔芳周仲
120 見外宗眼
121 心源善従
122 等仲 ?-1429 1429年(永享1年)10月23日死去。
123 中叟善庸
124 中叟良鑑 ?-1437 1437年(永享9年)5月8日死去。
125 方中本矩
126 古幢周勝 ?-1433 1429 1429年(永享1年)6月9日南禅寺住職となり入寺。1433年(永享5年)2月22日死去。
127 大翁礼広
128 竹菴大縁 ?-1439 1439年(永享11年)4月23日死去。「竹庵大縁」。
129 汝舟川方
130 南谷〓〓
131 季文正倫
132 景南英文 ?-1454 聖一派桂昌門派。南禅寺東禅院。万寿寺、南禅寺に住す。1454年(享徳3年)9月22日死去。
133 海門承朝親王 1374-1443 1439- 長慶天皇皇子。空谷明応の法嗣。相国寺30世。1439年(永享11年)10月25日、南禅寺133世。天龍寺慶寿院に住す。1443年(嘉吉3年)5月9日死去。長慶天皇陵内に治定墓がある。
134 友雲梵三
135 諾菴西肇 「諾庵西肇」。
136 同渓正茂
137 惟方梵梁 生没年不詳 月庭周朗の法嗣。建仁寺130世。天龍寺77世。南禅寺137世。
138 無為祥学
139 香林宗〓 ?-1453 1436 大徳寺21世。月庵宗光の法嗣。1436年(永享8年)南禅寺住職。1442年(嘉吉2年)4月、播磨玉林寺を創建。1450年(宝徳2年)、南禅寺真乗院を創建。1453年(享徳2年)死去。香林宗簡。(〓は草冠に「間」)
140 玉岫英種 1437 1437年(永享9年)7月12日南禅寺住職となり入寺。
141 遊叟周芸 1438 1438年(永享10年)8月3日南禅寺住職となり入寺。
142 用章如憲 ?-1439 1439 1439年(永享11年)10月22日から25日まで南禅寺住職(海門承朝親王の前)。同年11月29日死去。
143 慶年永賀 1440 1440年(永享12年)8月4日南禅寺住職となり入寺。永年慶賀。
144 江西龍派
145 愚極礼才 ?-1452 聖一派。東福寺曹源院。1452年(享徳1年)6月6日死去。90歳。東福寺住職。
146 雲菴周悦 春屋妙葩の法嗣。幢光院。雲庵周悦。
147 伯巌殊楞 紀伊興国寺住職。法灯派。聖徒明麟の法嗣。南禅寺禅栖院。
148 用剛乾治
149 大観梵奕
150 星岩俊列
151 東越允徹
152 藍田祟瑛
153 玉温徳潤
154 伯師祖楞
155 竺雲等運 ?-1471 夢窓派・華蔵門派。嵯峨華蔵院住職。鹿苑院。1471年(文明3年)死去。万寿寺、相国寺
156 信中以篤 1377-1451 聖一派永明門派。大蔭明樹の法嗣。1377年(天授3年/永和3年)生。東福寺130世、天龍寺104世、南禅寺156世を歴任。東福寺永明院宗鏡軒。1451年(宝徳3年)10月1日死去。信仲以篤。信仲明篤。
157 巨源中浚
158 古仙玄釈
159 希曹恵鑑
160 大有有諸
161 心田清播 1441-1447 夢窓派大雄門派。建仁寺大統院。建仁寺住職。1441年(嘉吉1年)8月22日から1447年(文安4年)まで南禅寺住職。
162 〓甫崇鎮 1447- 1447年(文安4年)幕命で南禅寺住職。
163 明叟彦洞
164 大模梵軌
165 樗菴惟才 「樗庵惟才」。
166 大叔尚祐 1448- 1448年(文安5年)7月30日、幕命で南禅寺住職。島津家の菩提寺の薩摩・感応寺8世。「太叔尚祐」。
167 惟宗徳輔
168 此宗慈超
169 聖仲永先
170 伯春全寿
171 大初永本
172 雲章一慶 ?-1463 1460- 関白左大臣一条経嗣の子。1449年(宝徳1年)10月、南禅寺住職。1460年(寛正1年)9月2日、幕命で南禅寺住職。1463年(寛正4年)1月23日死去。弘宗禅師。雲草一慶。
173 大基中建
174 春林周藤
175 邵外令英
176 笑雲永喜
177 竺遠中曇
178 抱節中孫 夢窓派慈氏門派。南禅寺慈氏院。大椿周亨の法嗣。
179 曇伯宗薬
180 元幹貞祥
181 瑞岩龍惺 ?-1460 瑞巌龍惺。黄龍派寂庵下。建仁寺霊泉院。建仁寺住職。1460年(寛正1年)死去。
182 朴堂祖淳 ?-1467 1467年(応仁1年)4月24日死去。
183 東嶼周洋
184 雲岩梵龍
185 東岳澄昕 1388-1463 一条家出身。関白左大臣一条経嗣の子。雲章一慶の兄弟。夢窓派慈済門派。1388年(元中5年/嘉慶2年)生。1443年(嘉吉3年)12月24日、相国寺45世。天龍寺127世、南禅寺185世。鹿苑寺、嵯峨知足軒。1460年(寛正1年)12月2日から1462年(寛正3年)1月24日まで相国寺鹿苑院(僧録)。1463年(寛正4年)4月3日死去。東岳澄泰。東岳徴昕。
186 存耕祖黙 ?-1467 聖一派本成門派。東福寺正印庵。東福寺、南禅寺。1467年(応仁1年)2月22日死去。
187 瑞雲中嘉
188 竺華梵蕚 1460 1460年(寛正1年)12月2日、幕命で南禅寺住職。「竺華梵薬」とも。
189 雲荘徳慶 生没年不詳
190 玉崖受環
191 一華建〓 1459 1459年(長禄3年)11月7日南禅寺住職となり入寺。(〓は「付」の下に「心」)
192 龍岡直圭 1461 1461年(寛正2年)3月2日、南禅寺住職。5月入寺。1462年(寛正3年)2月5日、相国寺鹿苑院住職となり入寺。「龍崗真圭」とも。
193 華岳建冑 1386-1470 1462 聖一派本成門派。東福寺常喜庵。東福寺住職。1462年(寛正3年)5月14日、幕命で南禅寺住職。1470年(文明2年)2月22日死去。「華嶽建冑」。
194 竺峰懐雄 1462 1462年(寛正3年)8月13日、幕命で南禅寺住職。竺峰恵心。
195 国用乾策 1463 岩国永興寺38世。1463年(寛正4年)7月2日、南禅寺住職。
196 誠甫宗忱 1464-1464 1464年(寛正5年)6月13日、南禅寺住職。
197 大圭宗〓 1464-1464 1464年(寛正5年)8月15日から11月18日まで幕命で南禅寺住職。雲頂院住職。「大圭宗价」とも。(〓は「王介」)
198 月泉祥洵 1390-1482 1464 江月の法嗣。東福寺136世、天龍寺133世、南禅寺198世を歴任。1464年(寛正5年)12月3日、幕命で南禅寺住職。1482年(文明14年)3月26日死去。「月泉祥詢」。
199 東芳真詢 1465-1465 1465年(寛正6年)7月22日から12月5日まで幕命で南禅寺住職。
200 東遠正渭 1465 万寿寺住職。永保寺33世。1465年(寛正6年)12月5日、幕命で南禅寺住職。
201 存中景菊 1466 1466年(文正1年)7月28日、幕命で南禅寺住職。
202 九淵龍〓 ?-1498 黄龍派寂庵下。建仁寺、南禅寺に住す。建仁寺知足院、建仁寺霊泉院。1498年(明応7年)死去。1474年(文明6年)3月11日死去とも。(〓は「貝」+「深のつくり」)
203 字江宗永
204 斯立光幢 ?-1474 東福寺住職?
205 維馨梵桂 1404-1490 相国寺72世。
206 笑雲瑞〓 著書『笑雲入明記』。「咲雲瑞〓」とも。(〓は「言斤」)
207 雪堂宗坡
208 文叔真要
209 一方応曇
210 舜徒光韶
211 惟精見進
212 勝幢宗殊
213 月建令諸 ?-1487 1487年(長享1年)12月15日死去。
214 利渉宗湊 法灯派。伯巌殊楞の法嗣。利渉守湊。(湊はサンズイに「泰」とも)
215 彦在明〓 永保寺34世。(〓は手偏に「侖」)
216 大典祖章 ?-1484 1484年(文明16年)死去。
217 〓菴集連 「〓庵集連」。
218 茂元禅栄
219 桃隠昌源
220 高叔宗致
221 南英長能
222 始彦中隗
223 玉荘徳種
224 茂叔善林
225 月翁周鏡 1418-1500 1485-1485 相国寺住職か。1485年(文明17年)9月21日、足利義政の命で南禅寺住職となり入寺。1500年(明応9年)9月26日死去。
226 蘭坡景〓 1419-1501 1485-1487 相国寺住職か。1485年(文明17年)10月13日、足利義政の命で南禅寺住職となり入寺。1487年(長享1年)7月16日、義政の命で退任。1501年(文亀1年)2月28日死去。(〓は草冠に「臣」)
227 琴江景文
228 伯進永猛
229 笑岩周喜 1486- 1486年(文明18年)9月、足利義政の命で南禅寺住職。
230 牧庵妙忠 「牧菴妙忠」。
231 天隠龍沢 1422-1500 天柱龍済の法嗣。真如寺、建仁寺218世、南禅寺231世を歴任。1500年(明応9年)9月23日死去。
232 文和全卯 1487- 1487年(長享1年)6月8日、南禅寺住職。文和全印。
233 仲璋光珪
234 甘沢宗霖
235 松嶺智岳
236 子通周量
237 秋伯正茂
238 遠湖宗樹
239 横川景三 1429-1493 相国寺79世。1493年(明応2年)11月17日死去。
240 正宗龍統 1428-1498 1498年(明応7年)1月23日死去。
241 了庵桂悟 1425-1514 1488-1489 大疑宝信の法嗣。真如寺、東福寺171世、南禅寺241世を歴任。1488年(長享2年)9月11日、幕命で南禅寺住職。1489年(延徳1年)5月9日南禅寺住職退任。仏日禅師。「了菴桂悟」。「桃渓桂悟」とも。
以参周省 1489-1489 1489年(延徳1年)9月3日、幕命で南禅寺住職。
242 延麟英瑞 1489-1490 1489年(延徳1年)9月10日から1490年(延徳2年)閏8月13日まで幕命で南禅寺住職。
243 太年殊原 1490 1490年(延徳2年)閏8月13日から11月16日まで幕命で南禅寺住職。太寧珠原。
244 文林慶集 1492 夢窓派。聖仲永先の法嗣。1492年(明応1年)3月17日、南禅寺住職。「文林永集」とも。
245 藍英善玉 中峰派。心源善従の法嗣。
246 金渓梵鐸 1493 相国寺81世。鹿苑院僧録27・29世。1493年(明応2年)3月23日、南禅寺住職となり入寺。
247 儀仲瑞享
248 学苑慈勗
249 竺関瑞要
250 文叔周盛
251 琴叔景趣 ?-1507 1498 近江出身。用剛乾治の法嗣。南禅寺正因庵、松蔭軒。1498年(明応7年)南禅寺住職。
252 学之梵庠
253 超華芳宗
254 温仲宗純 ?-1511 建仁寺24世。
255 太江宗勢
256 春庸宗恕
257 茂叔集樹 ?-1522 一山派。季瓊真蘂の法嗣。1499年(明応8年)5月26日建仁寺住職(翌日退任)。南禅寺、常在光寺に住す。1522年(大永2年)4月24日死去。
258 梅圃景村
259 梅屋宗香
260 (不詳)
261 東嶺智旺
262 靖林徳林 ?-1574 1574年(天正2年)2月16日死去。靖叔徳林。
263 鉄叟景秀 1496-1580 1571- 近江国野洲郡出身。霊仲禅英の法嗣。木村重興の子。1496年(明応5年)生。1552年(天文21年)5月、建仁寺住職(1578年(天正6年)まで18回住する)。1571年(元亀2年)南禅寺263世。1575年(天正3年)再任。1579年(天正7年)5月27日、織田信長から命じられて浄厳院での安土宗論の判者の長を務めた。1580年(天正8年)11月18日死去。墓所は楞厳院。
264 梅谷元保 1581 1581年(天正9年)2月28日、足利義昭の命で南禅寺住職。
265 錬甫宗純 1584 1584年(天正12年)6月21日、足利義昭の命で南禅寺住職。
266 玄圃霊三 1535-1608 1586-1593 南禅寺の中興開山。久美浜宗雲寺の中興開山。1535年(天文4年)生。1578年(天正6年)、親族の松井康之に招かれ、宗雲寺の中興開山となる。1586年(天正14年)5月、豊臣秀吉の命で南禅寺住職。1593年(文禄2年)まで。1592年(文禄1年)、松井康之に従い朝鮮出兵に従軍。1597年(慶長2年)、南禅寺聴松庵に隠棲。1608年(慶長13年)死去。
267 華渓正稷 1593-1593 1593年(文禄2年)3月5日、南禅寺住職。
以心崇伝 1593
268 梅卯元冲
269 悦叔宗寂 ?-1622 1603 1603年(慶長8年)10月24日、南禅寺住職。1622年(元和8年)7月29日死去。悦叔宗最。
文英清韓 ?-1621 1604 伊勢出身。慈雲大忍の法嗣。1600年(慶長5年)東福寺住職。1604年(慶長9年)南禅寺住職。1614年(慶長19年)方広寺の鐘銘を執筆した人物で、方広寺鐘銘事件で処分された。墓は東福寺天得院浄土真宗伊勢・上宮寺にある。

歴代南禅寺住職(近世)

世数 生没年 在職年 略歴
270 以心崇伝 1569-1633 1605 南禅寺金地院・金地院僧録初代。1593年(文禄2年)11月19日、豊臣秀次の命で南禅寺住職。1605年(慶長10年)3月11日、南禅寺住職。
天倫光沢 1608 1608年(慶長13年)3月11日、南禅寺住職。
惟舟永済 1608 1608年(慶長13年)10月13日、南禅寺住職。
友竹紹益 1608 1608年(慶長13年)10月25日、南禅寺住職。
養之玄長 1610 1610年(慶長15年)2月29日、南禅寺住職。
〓渓玄轍 1610 1610年(慶長15年)4月5日、南禅寺住職。
271 梅心正悟 ?-1613 1611 1611年(慶長16年)2月23日、南禅寺住職。帰雲院。1613年(慶長18年)7月13日死去。
272 英岳景洪 ?-1628 1628年(寛永5年)11月7日死去。
273 雲嶽霊圭 ?-1632 細川幽斎の正室の甥。玄圃霊三の法嗣。天授庵を再興する。1632年(寛永9年)9月27日死去。雲岳霊圭。
274 最嶽元良 ?-1657 金地院2世。1657年(明暦3年)4月15日死去。最岳元良。
275 黙室栄宣
276 言如円遵 1561-1637 1561年(永禄4年)生。1637年(寛永14年)9月8日死去。言如円尊。長門大照院開山。
277 瑞巌慶順 1587-1657 1654 1587年(天正15年)生。建長寺、南禅寺を歴任。1624年(寛永1年)から1657年(明暦3年)まで三岳寺住職。1629年(寛永6年)肥前円通寺56世。1654年(承応3年)南禅寺住職。1657年(明暦3年)死去。71歳。
278 竺隠崇五 1615-1697 金地院3世。最嶽元良の法嗣。竺院崇五。
279 玄承霊叟 霊叟玄承。
280 英中玄賢 ?-1695 1667 若狭国出身。飯田氏。板倉氏。後水尾天皇東福門院の帰依を得て光雲寺を中興。1667年(寛文7年)南禅寺住職。『英中和尚語録』。
281 剛宝崇寛 1627-1697 金地院4世。仏慈普済禅師。剛室崇寛。元寛とも。
282 正巌光瑞 肥後春光寺
283 佐天正佐 中院通純の子。聴松院。
284 大休元寔 大休元寥。
285 雲叟元云 ?-1711 金地院5世。
286 晦堂光晃 ?-1712 金地院6世。晦堂元晃。
287 玉隠元札 ?-1733 1712 金地院7世。1712年(正徳2年)9月12日、南禅寺住職・金地院住職(9月11日とも)。
288 大川崇達 ?-1716 金地院8世。
289 乾巌元雄 1717 金地院9世。1717年(享保2年)5月2日、金地院住職。5月28日、南禅寺住職。乾岩元雄。
290 宝林宗珠
291 青峰玄巓
292 四巌玄竺
293 香山元郁 金地院10世。
294 魯山玄〓 1676-1751 1731 京都・円光寺5世。1676年(延宝4年)生。1709年(宝永6年)円光寺住職。1731年(享保16年)南禅寺住職。1751年(宝暦1年)閏6月15日死去。76歳。墓所は円光寺。室号は栖雲室。著書『魯山和尚遺稿』(『雲堆集』『雲堆雑著』)。(〓は「王番」)
295 実源元充
296 三峰祖応
297 天桂元真 金地院11世。
298 大室明侃
299 中巌元紹
300 龍堂正荀
301 蒼溟元方 金地院12世。
302 天寧元仙
303 文礼玄豪
304 神洲周精
305 煕叟元雍 金地院13世。
306 香峰祖薫
307 春江玄功
308 章山元甫 金地院14世。
309 東巌
310 中谷元〓 金地院16世。(〓は「木便」)
311 月〓元澄 金地院17世。(〓は「石間」)
312 仙山玄槃
313 広叔元運 金地院18世。
314 天嶺元珠 金地院19世。
315 古林玄鎮
316 椿洲玄昌
317 退耕阿称
318 惟叢元弘 金地院20世。
319 諦洲至信 1774-1849 東福寺・南禅寺に歴住。
320 舜堂祖韶
321 巨海慈航 1800-1874 1859-1867 1800年(寛政12年)生。広園寺に住す。1859年(安政6年)から1867年(慶応3年)まで南禅寺住職。1874年(明治7年)死去。
322 可庭徳亘 金地院21世。最後の金地院僧録。

歴代南禅寺住職(近現代)

世数 生没年 在職年 略歴
323 高峰元堅
324 梅嶺道郁 1884? 少林梅嶺。初代管長。島根県広瀬の城安寺住職。南禅寺住職。臨済宗七派管長総代。1882年(明治15年)10月、中教正から権大教正。1884年(明治17年)南禅寺派管長。1879年(明治12年)3月から1887年(明治20年)11月まで向嶽寺を兼務。
325 巨梁梵恵
326 大江周演
327 大徹道林 1828-1911 1886-1890? 勝峰大徹。2代管長。志摩国御座村出身。俗姓は森田。金剛証寺で得度。東福寺、妙心寺で修行。普明院住職。金剛証寺住職。明治19年(20年?)、南禅寺派管長。1890年(明治23年)退任。1891年(明治24年)(25年?)、広園寺住職。広徳寺を拠点に興禅護国会を設立。興禅護国会初代師家。1911年(明治44年)2月16日死去。84歳。室号は三光室、滴水軒。諡号は大智円通禅師。[2][3]
328 晦翁
329 又宗知簾
330 寛道宗俊
331 舜応宜田 1825-1907 1890-1896 松山舜応。3代管長。遠江方広寺(歴代外?)・南禅寺に歴住。1890年(明治23年)2月、南禅寺住職・南禅寺派管長。1896年(明治29年)4月、南禅寺住職退任。(略歴は遠江・方広寺#組織を参照)
332 寛道
333 毒湛匝三 1840-1917 1896-? 豊田毒湛。4代管長。1881年(明治14年)円福寺住職。1886年(明治19年)永保寺住職。1896年(明治29年)南禅寺派管長。1909年(明治42年)妙心寺派管長。1917年(大正6年)1月9日死去。78歳。高源室。(略歴は妙心寺#組織を参照)
334 霧海古亮 1864-1935 1909-1928? 河野霧海。5代管長。愛知県中島郡出身。俗姓は加藤。1864年(元治1年)生。9歳で石馬寺で蘭洲祖薫につき得度。17歳で正眼僧堂に掛搭し中島泰龍に参禅。1882年(明治15年)下山して花園大教校に入学。1884年(明治17年)虎渓山僧堂で豊田毒湛に参禅し、嗣法。1893年(明治26年)愛媛長福寺住職。このとき、河野に改姓。1903年(明治36年)南禅僧堂師家。1909年(明治42年)から1928年(昭和3年)まで南禅寺派管長。管長引退後も師家を続ける。南禅寺正的院を復興し隠棲。1935年(昭和10年)6月20日死去。72歳。室号は南針軒。晩年には僊壺洞、壺庵とも号す。著書『壺庵余滴』。
大休義勇 1872-1949 赤井義勇。6代管長。円通僧堂師家。曹渓室。
至道物初 1864-1944 1933-1940? 加藤至道。7代管長。尾張国中島郡出身。1864年(元治1年)生。1880年(明治13年)清須総見院で得度。大衆寮(花園大学)卒。1885年(明治18年)虎渓山僧堂掛塔。柏樹潭海、豊田毒潭に参禅。豊田毒潭に嗣法。1897年(明治30年)仏心寺住職。1921年(大正10年)永保寺住職・虎渓山僧堂師家。同年から1923年(大正12年)まで臨済宗大学(花園大学)学長。1933年(昭和8年)南禅寺派管長(虎渓山師家を退任)。1935年(昭和10年)南禅僧堂師家を兼務。1940年(昭和15年)管長師家を退任。1944年(昭和19年)7月19日死去。81歳。室号は擔雪軒。
菊僊宗匡 1872-1959 1940-? 島田菊僊(嶋田菊僊)。8代管長。福井県小浜市出身。小浜円照寺で得度。大阪少林寺の蘆匡道に師事。建長寺宗学林に学ぶ。1891年(明治24年)、八幡・円福寺僧堂に掛塔。河野伽山、河野葆林、見性宗般に師事。海清僧堂に転錫。中原鄧州に師事し、嗣法。須磨禅昌寺住職。1940年(昭和15年)南禅寺派管長・南禅僧堂師家。翌年、永保寺住職・虎渓山僧堂師家も兼務。1942年(昭和17年)南禅僧堂師家を退任するが、後任の華山大義の死去で1945年(昭和20年)10月、再任する。1948年(昭和23年)6月、南禅師家を退任。1950年(昭和25年)虎渓山住職師家を退任。1959年(昭和34年)10月12日死去。88歳。室号は雲龍窟。
文明全慶 1894-1974 1959-? 柴山全慶。9代管長。愛知県葉栗郡浅井村出身。1894年(明治27年)生。11歳で愛知県稲沢市の尾張国分寺で得度。花園学院卒。1916年(大正5年)10月、南禅僧堂で河野霧海に師事し嗣法。1923年(大正12年)南禅寺慈氏院住職。1940年(昭和15年)禅門高等学院(花園大学)教授。大谷大学教授。1948年(昭和23年)6月、南禅僧堂師家。1959年(昭和34年)南禅寺派管長。1965年(昭和40年)、アメリカのヘインズ財団の招請でクレアモント大学やコルゲート大学で禅を講じる。1967年(昭和42年)7月、師家を退任。1974年(昭和49年)8月29日死去。81歳。室号は寒松軒。著書『無門関講話』など多数。
大渓宗徹 1922-1983 1974-? 勝平宗徹。10代管長。1922年(大正11年)生。俗姓は三島。島根県久多美村出身。10歳で松江万寿寺で得度。東京大学文学部東洋史学科。1951年(昭和26年)南禅僧堂に掛搭。柴山全慶に参禅し嗣法。1962年(昭和37年)万寿寺住職。勝平に改姓か。1967年(昭和42年)南禅僧堂師家。1974年(昭和49年)11月、南禅寺派管長。1983年(昭和58年)11月18日死去。自殺だった。室号は南虎室。著書『たくあん石の悟り』。
大定祖淳 1919-2008 1984-2002? 塩沢大定。11代管長。長野県伊那郡出身。1919年(大正8年)生。南禅寺天授庵の藤田祖印に入門。1932年(昭和7年)得度。1941年(昭和16年)臨済宗専門学校(花園大学)卒。第二次大戦に応召。1944年(昭和19年)東福寺派常明寺副住職。1947年(昭和22年)妙心僧堂掛塔。林恵鏡、近藤文光に参禅。近藤文光より嗣法。1967年(昭和42年)天授庵住職。1984年(昭和59年)2月から2002年(平成14年)まで南禅寺派管長。2008年(平成20年)8月4日死去。90歳。室号は牧雲室。[4]
文峰泰石 1930- 2002-2020? 中村文峰。12代管長。山口県出身。1930年(昭和5年)生。10歳で洞春寺の中村泰祐につき得度。二松学舎大学大学院修了。1952年(昭和27年)南禅僧堂に掛搭。柴山全慶に師事し、嗣法。1972年(昭和47年)、南禅寺慈氏院住職。1978年(昭和53年)、永保寺住職、虎渓僧堂師家。1981年(昭和56年)、南禅寺で視篆開堂。2002年(平成14年)、南禅寺派管長。2020年(令和2年)3月、高齢のため任期途中で退任。室号は香南軒。著書『現代語訳臨済録』など多数。
寛洲宗庸 1948- 2020-2025予定 田中寛洲。13代管長。自坊は光雲寺。梶谷宗忍の法嗣。大阪市出身。1948年(昭和23年)生。京都大学大学院修了。ドイツ哲学を専攻。院生時代に長岡禅塾の森本省念に出会う。妙心寺派で得度。妙心僧堂建長僧堂建仁僧堂曹源寺などを歴参。相国僧堂の梶谷宗忍から嗣法。2006年(平成18年)、光雲寺住職。2020年(令和2年)4月1日、管長就任。実弟に相国僧堂師家の田中芳州。室号は伝芳庵。

歴代南禅寺住職(不詳)

世数 生没年 在職年 略歴
剛叟乾楞 春屋妙葩の法嗣。天龍寺。
玉岡如金 1332-1402 不詳 曹洞宗宏智派。弘祥寺、聖福寺、建仁寺、天龍寺、南禅寺を歴任。1402年(応永9年)8月26日死去。
徳中等懋 ?-1446 不詳 1433年(永享5年)相国寺39世。建仁寺140世。南禅寺住職。1446年(文安3年)12月26日死去。
同渓秀茂 ?-1434 ?-1433 1433年(永享5年)7月28日、足利義教の怒りに触れて放逐される。1434年(永享6年)2月死去。
笠雲等連 ?-1471 不詳 1471年(文明3年)1月7日死去。
彦材明〓 ?-1487 不詳 1487年(長享1年)3月20日死去。
宝処周財 ?-1512 不詳 慈照寺1世。1512年(永正9年)2月11日死去。宝処周在。
義海以信 1516 高梨氏。1516年(永正13年)南禅寺公文帖。入寺せず。
一韓智〓 1519- 1519年(永正16年)、南禅寺住職。
等紳瀑岩 ?-1522 不詳 1522年(大永2年)8月9日死去。
竺雲恵心 1560 1560年(永禄3年)2月18日、幕命で南禅寺住職。
竹英元龍 1560 1560年(永禄3年)5月15日、幕命で南禅寺住職。
卜星建洞 1563 1563年(永禄6年)9月23日、足利義輝の命で南禅寺住職。
嘯岳〓虎 1577 1577年(天正5年)4月6日、足利義昭の命で南禅寺住職。
祥岩恵〓 1581年(天正9年)1月17日建長寺住職。ついで南禅寺住職。
剛外令柔 ?-1627 1623 1623年(元和9年)8月5日、南禅寺住職。1627年(寛永4年)8月7日死去。

334世まで『日本仏家人名辞書』

未見「南禅寺歴代住持籍」(桜井景雄1977『南禅寺史』)

資料

  • 「南禅寺塔頭子院一覧」『禅宗編年史』[5]
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%8D%97%E7%A6%85%E5%AF%BA」より作成

注意事項

  • 免責事項:充分に注意を払って製作しておりますが、本サイトを利用・閲覧した結果についていかなる責任も負いません。
  • 社寺教会などを訪れるときは、自らの思想信条と異なる場合であっても、宗教的尊厳に理解を示し、立入・撮影などは現地の指示に従ってください。
  • 当サイトの著作権は全て安藤希章にあります。無断転載をお断りいたします(いうまでもなく引用は自由です。その場合は出典を明記してください。)。提供されたコンテンツの著作権は各提供者にあります。
  • 個人用ツール