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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

日本五山十刹

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年8月11日 (日)

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日本五山十刹は、日本の禅宗寺院に定められた寺格の一つ。禅宗の本山寺院も参照。

目次

概要

五山十刹の制度は中国五山十刹を元に定められたものであったが、いつ設けられたのかは史料がなく、はっきりしない。 1299年(正安1年)には浄智寺を五山に列したという。おそらく既に建長寺円覚寺は五山とされていたのだろう。 当初は鎌倉のみの制度であったようだが、1307年(徳治2年)に京都の南禅寺が五山に準ずるものとされている。

鎌倉幕府滅亡ののち、建武政権は五山を改めて定めた。南禅寺と大徳寺を並立で第一とし、建仁寺東福寺万寿寺、建長寺を五山と定めたという。

のち室町時代による改定を経て、順序の変更や、寺院の出入りがありつつ、京都五山鎌倉五山に二本立てに改定されて、現在知られる五山となった。

五山の下に十刹を置き、さらにその下に諸山(甲刹)を置く。 十刹は当初は10カ所の寺院であったが、次第に増加した。のち五山と同じく京都十刹関東十刹が置かれたという。

江戸時代には、南禅寺と天龍寺紫衣地とされ、他の五山は黄衣地とされた。

寺院

五山

尼五山

十刹

十刹一覧
名称 列格 最高順位 現在の宗 国郡 所在地 コメント
鎌倉・浄妙寺 1341年(暦応4年)以前[1] 五山5位 臨済宗建長寺派 相模国鎌倉郡 神奈川県鎌倉市浄明寺3-8-31
京都・万寿寺 1341年(暦応4年)以前[2] 五山5位 臨済宗東福寺派 京都 (跡地:京都府京都市下京区万寿寺町) 東福寺塔頭。
鎌倉・禅興寺(廃絶) 1341年(暦応4年)以前[3] 1位 (臨済宗建長寺派) 相模国鎌倉郡 神奈川県鎌倉市山ノ内 明月院が現存。
筑前・聖福寺 1341年(暦応4年)以前[4] 2位 臨済宗妙心寺派 筑前国那珂郡 福岡県福岡市博多区御供所町6-1 最古の禅寺?
東勝寺(廃絶) 1341年(暦応4年)以前[5] 3位 相模国鎌倉郡 神奈川県鎌倉市葛西ケ谷 焼失後、藤沢に同名の寺院が創建された。
鎌倉・万寿寺(廃絶) 1341年(暦応4年)以前[6] 3位 相模国鎌倉郡 神奈川県
京都・真如寺 1341年(暦応4年)以前[7] 4位 臨済宗相国寺派 京都 京都府京都市北区等持院北町61 相国寺山外塔頭
京都安国寺(廃絶) 1341年(暦応4年)以前[8] 4位 京都 京都府京都市中京区錦大宮
上野・長楽寺 1341年(暦応4年)以前[9] 5位 天台宗 上野国新田郡 群馬県太田市世良田3119-7
豊後・万寿寺 1341年(暦応4年)以前[10] 6位 臨済宗妙心寺派 豊後国大分郡 大分県大分市金池町5-4-2
京都臨川寺 1342年(興国3年/康永1年)以前[11] 五山 臨済宗天龍寺派 京都 京都府京都市右京区嵯峨天龍寺造路町33 1377年(永和3年)8月10日、五山となる(花営三代記)。のち十刹に戻る
興津清見寺 1342年(興国3年/康永1年)以前[12] 7位 臨済宗妙心寺派 駿河国庵原郡 静岡県静岡市清水区興津清見寺町418-1
益田円通寺(禅昌寺1376年(永和2年)[13] 不詳 臨済宗妙心寺派 飛騨国益田郡 岐阜県下呂市萩原町中呂1089
等持寺 1377年(永和3年)9月8日[14] 1位 (臨済宗天龍寺派) 京都 京都府京都市中京区柳馬場御池付近 別院の等持院が現存。
出羽・光明寺(不詳) 1413年(応永20年)[15] 不詳 出羽国
上郡法雲寺 1416年(応永23年)[16] 不詳 臨済宗相国寺派 播磨国赤穂郡 兵庫県赤穂郡上郡町苔縄637 播磨国利生塔
堺・海会寺 1416年(応永23年)3月9日[17] 不詳 臨済宗東福寺派 和泉国大鳥郡 堺市堺区南旅篭町東3丁1-2
会津興徳寺 1417年(応永24年)7月25日[18] 不詳 臨済宗妙心寺派 陸奥国会津郡 福島県会津若松市栄町2-12
飯田開善寺 1427年(応永34年)8月29日[19] 不詳 臨済宗妙心寺派 信濃国伊那郡 長野県飯田市上川路1000
出雲崇禅寺(出雲大林寺1435年(永享7年)[20] 不詳 臨済宗妙心寺派 出雲国簸川郡 島根県出雲市平田町496-2
鳴門補陀寺 1442年(嘉吉2年)10月15日[21] 不詳 臨済宗妙心寺派 阿波国板野郡 徳島県鳴門市大麻町萩原字東山田134 安国寺
日向大慈寺 1444年(文安1年)[22] 不詳 臨済宗妙心寺派 日向国諸県郡 鹿児島県志布志市志布志町志布志2-1-19
肥前光浄寺 1450年(宝徳2年)以前[23] 不詳 臨済宗南禅寺派 肥前国三養基郡 佐賀県三養基郡みやき町大字西島
大徳寺 1450年(宝徳2年)以前[24] 五山1位 臨済宗大徳寺派 京都 京都府京都市北区紫野大徳寺町53 建武年間に五山一位となったという。1431年(永享3年)下野して、十刹を離れる。
鎌倉・瑞泉寺 1450年(宝徳2年)以前[25] 1位 臨済宗円覚寺派 相模国鎌倉郡 神奈川県鎌倉市二階堂710 最初は準十刹?
鎌倉大慶寺 1450年(宝徳2年)以前[26] 5位 臨済宗円覚寺派 相模国鎌倉郡 神奈川県鎌倉市寺分1-5-8
嵯峨宝幢寺(廃絶) 1450年(宝徳2年)以前[27] 5位 京都 京都府京都市右京区嵯峨北堀町 塔頭の鹿王院が現存。
伊豆・国清寺 1450年(宝徳2年)以前[28] 6位 臨済宗円覚寺派 伊豆国君沢郡 静岡県伊豆の国市奈古谷1240-1
磯子東漸寺 1450年(宝徳2年)以前[29] 7位 臨済宗建長寺派 武蔵国久良岐郡 神奈川県横浜市磯子区杉田1-9-1
相模善福寺(不詳) 1450年(宝徳2年)以前[30] 8位 相模国 神奈川県
円福寺(瑞巌寺1450年(宝徳2年)以前[31] 8位 臨済宗妙心寺派 陸奥国宮城郡 宮城県宮城郡松島町松島字町内91
京都広覚寺(廃絶) 1450年(宝徳2年)以前[32] 8位 京都 京都府京都市上京区新ン町
土岐定林寺(廃絶) 1450年(宝徳2年)以前[33] 8位 美濃国土岐郡 岐阜県土岐市定林寺
妙覚寺(不詳) 1450年(宝徳2年)以前[34] 9位 京都 京都府
鎌倉法泉寺(廃絶) 1450年(宝徳2年)以前[35] 9位 相模国鎌倉郡 神奈川県鎌倉市
東山普門寺(廃絶) 1450年(宝徳2年)以前[36] 10位 京都 京都府京都市東山区本町 東福寺創建に先立って創建された。東福寺末寺となる。現在は常楽庵に遺物?が継承
崇禅寺(不詳) 1450年(宝徳2年)以前[37] 10位 出羽国 出雲の誤りだろうか
山口乗福寺 1450年(宝徳2年)以前[38] 不詳 臨済宗南禅寺派 周防国吉敷郡 山口県山口市大内御堀301
倉吉光孝寺(廃絶)(山名寺?) 1450年(宝徳2年)以前[39] 不詳 伯耆国久米郡 鳥取県倉吉市
尾道天寧寺 1450年(宝徳2年)以前[40] 不詳 曹洞宗 備後国御調郡 広島県尾道市 東土堂町17番29号
越前弘祥寺(廃絶) 1450年(宝徳2年)以前[41] 不詳 越前国足羽郡 福井県福井市金屋町
興化寺(廃絶) 1450年(宝徳2年)以前[42] 不詳 越中国射水郡 富山県射水市
丹波安国寺 1450年(宝徳2年)以前[43] 不詳 臨済宗東福寺派 丹波国何鹿郡 京都府綾部市安国寺町安国寺
越後米山寺 1450年(宝徳2年)以前[44] 不詳 真言宗?? 越後国 新潟県
妙光寺 1450年(宝徳2年)以前[45] 不詳 臨済宗建仁寺派 京都 京都府京都市右京区宇多野上ノ谷町20
上郡宝林寺 1450年(宝徳2年)以前[46] 不詳 播磨国赤穂郡 兵庫県赤穂郡上郡町河野原
興国寺 1450年(宝徳2年)以前[47] 不詳 臨済宗妙心寺派 紀伊国日高郡 和歌山県日高郡由良町門前801
承天寺 1450年(宝徳2年)以前[48] 不詳 臨済宗東福寺派 筑前国那珂郡 福岡県福岡市博多区博多駅前1-29-9
妙心寺 1450年(宝徳2年)以前[49] 不詳 臨済宗妙心寺派 京都 京都府京都市右京区花園妙心寺町64
相模東光寺(不詳) 1450年(宝徳2年)以前[50] 不詳 相模国 神奈川県
真岡能仁寺 1450年(宝徳2年)以前[51] 不詳 臨済宗円覚寺派 下野国芳賀郡 栃木県真岡市根本55
筑前・崇福寺 1450年(宝徳2年)以前[52] 不詳 臨済宗大徳寺派 筑前国那珂郡 福岡県福岡市博多区千代4-7-79 最初太宰府
肥後・正観寺 1451年(宝徳3年)9月22日[53] 不詳 臨済宗南禅寺派 肥後国菊池郡 熊本県菊池市隈府東正観寺1128
土岐天福寺 1458年(長禄2年)8月15日[54] 不詳 臨済宗妙心寺派 美濃国土岐郡 岐阜県土岐市肥田町肥田1547-1
美濃瑞毫寺(不詳) 1470年(文明2年)[55] 不詳 美濃国 岐阜県
岐阜瑞龍寺 1470年(文明2年)3月[56] 準十刹? 臨済宗妙心寺派 美濃国厚見郡 岐阜県岐阜市寺町19
雲巌寺 1493年(明応2年)以前[57] 10位 臨済宗妙心寺派 下野国那須郡 栃木県大田原市雲岩寺27
山城興聖寺(不詳) 1493年(明応2年)以前[58] 不詳 山城国 京都府
越後至徳寺(廃絶) 1499年(明応8年)[59] 不詳 越後国頸城郡 新潟県上越市東雲町
伝灯寺 不詳[60] 不詳 臨済宗妙心寺派 加賀国河北郡 石川県金沢市伝燈寺町ハ179 足利義稙の越中亡命中の列格というから、1500年前後か。
会津実相寺 1514年(永正11年)[61] 不詳 臨済宗妙心寺派 陸奥国会津郡 福島県会津若松市馬場本町2-28
周防・香積寺(廃絶) 1533年(天文2年)[62] 不詳 周防国吉敷郡 山口県山口市香山町7-1 瑠璃光寺が跡地にある
日向大光寺 1542年(天文11年)[63] 不詳 臨済宗妙心寺派 日向国宮崎郡 宮崎県宮崎市佐土原町上田島767
大隅正興寺(廃絶) 1547年(天文16年)8月28日[64] 不詳 大隅国姶良郡 鹿児島県霧島市隼人町神宮三-215-8
近江退蔵寺 1552年(天文21年)11月 [65] 不詳 臨済宗永源寺派 近江国神崎郡 滋賀県東近江市青野町4625
越前妙法寺(廃絶) 1554年(天文23年)4月2日[66] 不詳 越前国南条郡 福井県越前市妙法寺町
近江保福寺(不詳) 1555年(弘治1年)2月17日[67] 不詳 近江国 滋賀県 高島保福寺か。
周防・国清寺(廃絶) 1562年(永禄5年)6月[68] 不詳 周防国吉敷郡 山口県山口市水の上町5-27 跡地に洞春寺がある
筑前浄満寺(不詳) 1567年(永禄10年)6月24日[69] 不詳 筑前国 福岡県朝倉市秋月?
南宗寺 1573年(天正1年)6月2日[70] 準十刹 臨済宗大徳寺派 和泉国大鳥郡 堺市堺区南旅篭町東3-1-2 たくあん縁
洞春寺 1587年(天正15年)以後[71] 不詳 臨済宗建仁寺派 安芸国吉田郡 (現在:山口県山口市水の上町5-27)
月桂寺 1694年(元禄7年)7月2日[72] 不詳 臨済宗円覚寺派 江戸 東京都新宿区河田町2-5
陸奥興聖寺(不詳) 不詳[73] 6位 陸奥国
龍翔寺 不詳 10位 臨済宗大徳寺派 京都 京都府京都市北区紫野大徳寺町61 大徳寺塔頭。後宇多天皇遺髪塔が旧地に現存
恵林寺 不詳 準十刹? 臨済宗妙心寺派 甲斐国山梨郡 山梨県甲州市塩山小屋敷2280
山形勝因寺 不詳[74] 不詳 臨済宗妙心寺派 出羽国村山郡 山形県山形市鉄砲町1-4-8
紀伊誓度寺(不詳) 不詳[75] 不詳 紀伊国 和歌山県
栖賢寺 不詳[76] 不詳 臨済宗大徳寺派 摂津国川辺郡 京都府京都市左京区上高野水車町22 尼崎市寺町にあった。昭和初年移転

(日本歴史地名大系)

脚注

  1. 『扶桑五山記』
  2. 『扶桑五山記』
  3. 『扶桑五山記』
  4. 『扶桑五山記』
  5. 『扶桑五山記』
  6. 『扶桑五山記』
  7. 『扶桑五山記』
  8. 『扶桑五山記』
  9. 『扶桑五山記』
  10. 『扶桑五山記』
  11. 『扶桑五山記』。太田博太郎論文には1353年(正平8年/文和2年)とある。
  12. 『扶桑五山記』
  13. 『濃飛両国通史』
  14. 『花営三代記』
  15. 太田博太郎論文
  16. 太田博太郎論文
  17. 鹿苑院公文帳(十刹位次簿)(太田博太郎論文には1493年(明応2年)以前)
  18. 鹿苑院公文帳(十刹位次簿)
  19. 鹿苑院公文帳(十刹位次簿)
  20. 大林寺文書
  21. 『鹿苑院公文帳』(十刹位次簿)。太田博太郎論文にも同年
  22. 鹿苑院公文帳(十刹位次簿)
  23. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  24. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  25. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  26. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  27. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  28. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  29. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  30. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  31. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  32. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  33. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  34. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  35. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  36. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  37. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  38. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  39. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  40. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  41. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  42. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  43. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  44. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  45. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  46. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  47. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  48. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  49. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  50. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  51. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  52. 『和漢禅刹次第』、太田博太郎論文
  53. 『鹿苑院公文帳』(十刹位次簿)。太田博太郎論文にも同年
  54. 『鹿苑院公文帳』(十刹位次簿)。太田博太郎論文にも同年
  55. 太田博太郎論文
  56. 『濃飛両国通史』
  57. 太田博太郎論文
  58. 太田博太郎論文
  59. 太田博太郎論文
  60. 十刹であることは『鹿苑院公文帳』(十刹位次簿)による。
  61. 太田博太郎論文
  62. 太田博太郎論文
  63. 太田博太郎論文
  64. 『鹿苑院公文帳』(十刹位次簿)
  65. 『鹿苑院公文帳』(十刹位次簿)。太田博太郎論文には1551年(天文20年)。
  66. 『鹿苑院公文帳』(十刹位次簿)
  67. 『鹿苑院公文帳』(十刹位次簿)
  68. 『鹿苑院公文帳』(十刹位次簿)。太田博太郎論文にも同年
  69. 『鹿苑院公文帳』(十刹位次簿)
  70. 『鹿苑院公文帳』(十刹位次簿)。太田博太郎論文にも同年
  71. 太田博太郎論文
  72. 『鹿苑院公文帳』(十刹位次簿)
  73. 十刹であることは『鹿苑院公文帳』(十刹位次簿)による。
  74. 十刹であることは『鹿苑院公文帳』(十刹位次簿)による。
  75. 十刹であることは『鹿苑院公文帳』(十刹位次簿)による。
  76. 十刹であることは『摂津名所図会』による。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%94%E5%B1%B1%E5%8D%81%E5%88%B9」より作成

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