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龍翔寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年1月11日 (月)

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大徳寺(国土地理院空中写真より)

龍翔寺は、京都府京都市北区の大徳寺山内にある、現在の臨済宗各派につながる応灯関派の開祖南浦紹明の塔所。大徳寺塔頭。後宇多天皇の菩提寺。十刹10位。臨済宗大徳寺派専門道場大徳僧堂)が置かれている。旧地には皇室治定の後宇多天皇髪塔礼子内親王墓がある。

歴史

龍翔寺跡地にある後宇多天皇髪塔・背後から

元は太秦安井にあった。延慶2年(1309)、後宇多法皇が離宮柳殿御所を寄進し、帰依した南浦紹明の塔所として創建した。のち後宇多天皇の遺髪塔が建てられた。『祥雲夜話』で知られる祥雲庵もあった。最後の賀茂斎院であった嘉陽門院礼子内親王の墓が残されており、賀茂斎院の跡地という説もある。

室町時代以降、衰退し、一休宗純が援助するなどしている。大永7年(1527)には戦乱で焼失した。そこで大徳寺の天啓宗インが天文8年(1539)が寺内に土地を確保し移転。ただ南浦紹明の墓、後宇多天皇塔は旧地に残された。

明治初年の改革で、合併廃止となり、跡地には三玄院が移ってきて伽藍を継承する。大正14年(1925)、天瑞寺跡地に再興され、昭和2年(1927)に大徳寺派専門道場が設置された。(京都風光[1]、本朝寺塔記[2]

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