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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

吉原神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年10月11日 (木)

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吉原神社は東京都台東区千束にある稲荷信仰弁財天信仰の神社。祭神は倉稲魂命市杵島姫命。吉原遊郭にあった稲荷社5社と吉原弁財天を合祀した。江戸の流行り神として知られた。

歴史

稲荷社5社は玄徳稲荷社、明石稲荷社、開運稲荷社、榎本稲荷社、九郎助稲荷社で、遊郭の入口と四隅に計画的に配置されていた。1872年(明治5年)に玄徳稲荷社の地に合祀され、吉原神社と改称。関東大震災で焼失し、水道尻付近に仮社殿が建てられた。1934年(昭和9年)に現在地に遷座し、新社殿を造営した際、花園池にあった弁財天も合祀した。1945年(昭和20年)の東京大空襲で焼失し、1968年(昭和43年)に再建された。吉原弁財天の旧地に吉原弁財天の本宮(もとみや)があり、白壁に鮮やかな弁財天の壁画が描かれている。(神社ウェブサイト)

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