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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

大極殿

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年4月30日 (火)

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平安神宮拝殿として縮小復元された大極殿

大極殿皇宮都城の中心となった正殿。飛鳥時代に原型ができ、中世まで続いた。廃滅後は内裏の紫宸殿が中心となった。

目次

儀礼

儀礼

  • 即位礼
  • 朝賀
  • 視告朔

神事

  • 大嘗祭
  • 例幣使発遣
  • 神嘗祭使発遣:後殿の小安殿で行う。
  • 斎宮群行

仏教行事

陰陽道

  • 三万六千神祭

年表

盛衰

  • 645年(大化1年):飛鳥板蓋宮に大極殿があったという。大極殿の初見。日本書紀
  • 681年(天武10年):飛鳥浄御原宮に大極殿があった。日本書紀
  • 701年(大宝1年):藤原宮に大極殿があった。続日本紀。遺跡も発見。
  • 710年(和銅3年)頃:平城宮に大極殿。
  • 743年(天平15年)頃:恭仁宮に平城宮大極殿を移築。のち山城国分寺金堂に転用。
  • 784年(延暦3年)頃:長岡宮に後期難波宮の大極殿を移築か。小安殿が初めて設けられた。
  • 791年(延暦10年):平安京の大極殿完成か。
  • 876年(貞観18年)4月:大極殿焼失。
  • 879年(元慶3年)10月8日:大極殿再建。三代実録
  • 1058年(康平1年)2月:大極殿焼失。
  • 1072年(延久4年)4月2日:大極殿再建。扶桑略記
  • 1177年(治承1年)4月:大極殿焼失。再建されず。大極殿廃絶となった。

調査研究

  • 1895年(明治28年):平安神宮拝殿として縮小復元。
  • 2010年(平成22年):平城宮跡に平城宮第一次大極殿を復元。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%A4%A7%E6%A5%B5%E6%AE%BF」より作成

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