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崇教真光

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2022年11月13日 (日)

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崇教真光(すうきょう・まひかり)は岐阜県高山市に本部を置く真光系信仰系教団。奉斎神は御親元主真光大御神(みおやもとスまひかりおおみかみ)。


目次

神殿など

  • 元主晃大神宮:岐阜県高山市上岡本町。世界総本山
  • 第二神殿:岐阜県高山市上岡本町。
  • 真光元主宮:岐阜県下呂市萩原町山之口。世界総本山奥宮。位山の山頂近くにある。
  • 光神殿:岐阜県高山市一之宮町。開祖岡田光玉を祀る神殿
  • 光記念館:岐阜県高山市中山町。
  • 陽霊元み魂座:静岡県熱海市熱海。少し離れたところに遥拝所がある。
  • 丸柱錬成館:三重県伊賀市諏訪。
  • 陽光診療所
  • 陽光農園:
  • 清見陽光農園:
  • 訓練部教場:岐阜県高山市久々野町久々野。
  • 陽光文明研究所:
  • 御神田:三重県三重郡朝日町

歴史

教祖時代

  • 1901年(明治34年)2月27日:岡田光玉、東京青山に誕生。本名は良一。(『新宗教教団人物事典』)
  • 1922年(大正11年):岡田光玉、陸軍士官学校卒。近衛歩兵第一連隊に配属。(『新宗教教団人物事典』)
  • 1941年(昭和16年):ベトナム戦線にてカリエス再発。重症化して帰国。「あと3年の命」といわれるが、信仰生活により無事に回復したという。陸軍中佐まで昇進したが軍隊をやめ、飛行機会社をはじめ様々な事業を手掛けたという。(『新宗教教団人物事典』)
  • 1945年(昭和20年):空襲で経営する会社の工場が全焼。莫大な借財を負う。(『新宗教教団人物事典』)
  • 戦後:世界救世教に入信。(『新宗教教団人物事典』)
  • 1959年(昭和34年)2月27日:岡田光玉、58歳の誕生日に最初の神示を得た。のちに立教の日とされる。
  • 1959年(昭和34年)6月11日:大森天祖神社で第1回真光初級研修会開催。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1959年(昭和34年)8月28日:東京神田須田町で「L・H陽光子友乃会」設立。33人が集まる。LはLUCKY(幸福)、HはHEALTH(健康)を意味するという。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1959年(昭和34年):この年、関口栄、入会。(『新宗教教団人物事典』『世界真光文明教団50年史』)
  • 1960年(昭和35年)6月:疑問をもつ神道家による「天杖によるみ魂調べ」により「崇盟五道」「与崇賀従道」「ヨスカ龍神」の神示を得た。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1962年(昭和37年):この年より「火の洗礼」の時代に入ったとされる。
  • 1962年(昭和37年)2月4日:羽根木に元み魂座完成。本部を神田から羽根木に移転。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1962年(昭和37年)7月1日:機関紙「真光」創刊(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1962年(昭和37年):世界真光文明教団、設立。
  • 1963年(昭和38年)1月1日:第1回元旦祭(『世界真光文明教団50年史』)。以後、祭典行事が整備。
  • 1963年(昭和38年)1月15日:機関紙「陽光タイムス」創刊。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1963年(昭和38年)11月19日:宗教法人世界真光文明教団として登記。会長から教え主に職名変更。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1967年(昭和42年)3月4日:田園調布の仮神殿の地鎮祭。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1968年(昭和43年)2月4日:田園調布に主座仮神殿を建立。立春祭に合わせて竣工奉告祭・遷座祭。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1968年(昭和43年)8月25日:本部及び日比谷公会堂での立教9周年大祭で主神神殿の名を「主晃一大神宮」とする。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1969年(昭和44年)4月:東京都戦没者霊苑で慰霊祭。初の公的な場での行事を務めたという。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1969年(昭和44年)8月24日:台東体育館で立教10周年大祭。6000人以上が出席。世界本山建立を発表。造営委員長に関口栄。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1969年(昭和44年):神示を『御聖言』にまとめる。(『新宗教教団人物事典』)
  • 1970年(昭和45年)春:パリ進出(崇教真光566号)。初の海外進出。
  • 1970年(昭和45年)5月1日:訓練部を設置。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1971年(昭和46年)9月:パリで海外初の初級研修会を開催(崇教真光566号)。
  • 1971年(昭和46年)12月29日:セントデニスザンテ勲章(不詳)受賞。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1972年(昭和47年)12月16日:熱海陽霊元み霊座竣工。世界本山地鎮祭。熱海玄岳に建設を予定していた。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1973年(昭和48年):世界真光文明教団、国際班設置。9月岡田光玉、ヨーロッパを巡教。(『縮刷版新宗教事典』)
  • 1973年(昭和48年)12月:ブラジル進出
  • 1974年(昭和49年):国際班が国際部に昇格。欧州アフリカ方面、北米方面、南米方面の3部署を設置。のちの教団分裂で多くは崇教真光に流れたといわれる。(『縮刷版新宗教事典』)
  • 1974年(昭和49年):北米進出。

教団分裂

  • 1974年(昭和49年)6月13日:岡田光玉養女の岡田恵珠、熱海の陽霊元み魂座の神前において、「ヨのみ霊もちて娘に与えよ」との神示により「ヨのみ霊」を継承し、「ヨのみ役」を授かったという。一方で「二代教え主を関口栄に」との神示があったともいう。裁判で争点の一つとなる。(『新宗教教団人物事典』『世界真光文明教団50年史』)
  • 1974年(昭和49年)6月16日:高崎市問屋街センターで北関東方面合同周年祭。岡田光玉最後の教示。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1974年(昭和49年)6月23日:岡田光玉、死去。後継者の係争が始まる。世界真光文明教団では「第1回大ミソギハラヒ」と呼ぶ。(『世界真光文明教団50年史』)(『縮刷版新宗教事典』)
  • 1974年(昭和49年)6月24日:関口栄、本部神前で教え主用の御み霊を継承。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1974年(昭和49年)7月5日:養女の岡田恵珠が代表役員登記。同年、関口栄が代表役員の地位にあることを仮に定めることと岡田恵珠の代表役員としての職務執行停止を求める訴えを東京地裁に起こした。(『縮刷版新宗教事典』)
  • 1974年(昭和49年)7月13日:日本武道館でみたまおくりの祭。関口栄の二代教え主への就任を発表。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1974年(昭和49年)11月24日:上野本部で秋季大祭(『世界真光文明教団50年史』)。この時には関口派は上野に本部をおいていたようだ。
  • 1974年(昭和49年)12月15日:「真光タイムス」創刊。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1975年(昭和50年)7月24日:東京地裁民事第八部、関口の訴えを却下。関口控訴。(『縮刷版新宗教事典』)
  • 1975年(昭和50年)1月11日:関口栄、神示と共に「聖峰」の神名を授かる。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1975年(昭和50年):コートジボワールに進出
  • 1977年(昭和52年)3月31日:東京高裁、一審の判決を取り消し、関口の訴えを認める。岡田が上告。(『縮刷版新宗教事典』)
  • 1977年(昭和52年)4月6日:田園調布本部、関口派に渡される。8月11日から神業再開。(『世界真光文明教団50年史』)
  • 1977年(昭和52年)9月22日:最高裁判決、上告棄却。世界真光文明教団の代表役員は関口栄と法的に確定する。(『縮刷版新宗教事典』)
  • 1978年(昭和53年)6月:岡田恵珠、崇教真光の設立。宗教法人認証。
  • 1982年(昭和57年)7月10日:世界真光文明教団と崇教真光の和解成立。(『世界真光文明教団50年史』)

飛騨時代

  • 1979年(昭和54年)7月:地鎮祭。(『新宗教教団人物事典』)
  • 1979年(昭和54年):国際部に豪州方面を設置。(『縮刷版新宗教事典』)
  • 1984年(昭和59年)10月18日:真光元主宮建立。(1994『崇教真光』)
  • 1984年(昭和59年)11月3日:元主晃大神宮建立。設計は素木三郎。(1994『崇教真光』)
  • 1986年(昭和61年)10月30日:「陽光文明国際会議」を開催。(『新宗教教団人物事典』)
  • 1987年(昭和62年):清見陽光農園開設。(1994『崇教真光』)
  • 1989年(平成1年)3月:新日本宗教団体連合会に加盟。(『新宗教教団人物事典』)
  • 1989年(平成1年)11月:陽光健康センター(陽光診療所)を開設。(『新宗教教団人物事典』)
  • 1990年(平成2年):初台陽光会館竣工。(1994『崇教真光』)
  • 1991年(平成3年):名古屋陽光会館竣工。(1994『崇教真光』)
  • 1992年(平成4年)6月23日:光神殿を建立。(1994『崇教真光』)
  • 1994年(平成6年):文京陽光会館竣工。(1994『崇教真光』)
  • 1999年(平成11年)4月:光記念館開館。竹中工務店設計施工。
  • 2002年(平成14年)8月:真光青年会館建設
  • 2006年(平成18年)4月6日:高山駅前に本部分室・光記念館案内所開設(崇教真光525)
  • 2009年(平成21年)5月17日:三笠宮寛仁親王揮毫の「光のないところに光をあてる」碑除幕。三笠宮寛仁親王出席挨拶。(崇教真光566号)
  • 2017年(平成29年)4月:海外初の陽光会館がブラジル・サンパウロに建設
  • 2017年(平成29年)5月:陽霊元み魂座新宮、竣工。
  • 2020年(令和2年):第二神殿建立。元主晃大神宮の改築に入る。

地方施設

指導部の区割りは誤っているかも。『縮刷版新宗教事典』によると道場は「一般的な道場の昇格のプロセスから見ると、まず熱心な信者が個人宅を連絡所として使用することから始まり、やがてお浄め所→準道場→小道場→中道場→大道場と、一定の信者数に達し、教主から認可を得て昇格していく」という。また都道府県ごとに中心となる主管道場がある(1994『崇教真光』)。海外も基本的に変わらない。道場は正式には「修験道場」という。「魂を浄め、真光の業を修得し、神理正法のものの考え方を学ぶ所という意味から、そう呼ばれるのだ」と説明されている(1994『崇教真光』)。多目的施設を備えたものを陽光会館というようだ。

北海道方面指導部

  • 北海道大修験道場:北海道札幌市豊平区平岸1条17丁目7-20

東北方面指導部

  • 宮城大修験道場:宮城県仙台市泉区上谷刈1丁目6-41

西関東方面指導部

  • 神奈川大修験道場:神奈川県横浜市高根町2丁目10?

東関東方面指導部

  • 栃木大修験道場:栃木県宇都宮市陽南2丁目504
  • 千葉大修験道場:千葉県千葉市中央区春日1丁目17
  • 初台陽光会館東京大修験道場:東京都渋谷区初台2丁目28-11
  • 文京大修験道場:東京都文京区本郷6丁目11-12
  • 六本木大修験道場:建設中?

北陸方面指導部

  • 新潟大修験道場:新潟県新潟市西区小針上山10-23

中京方面指導部

  • 名古屋陽光会館愛知大修験道場:愛知県名古屋市中区錦1丁目3-24
  • 三重大修験道場:三重県三重郡菰野町福村106

関西方面指導部

  • 大阪陽光会館:大阪府大阪市中央区和泉町1丁目3
  • (大阪大道場):
  • 京都大修験道場:京都府京都市北区上賀茂西河原町18
  • 兵庫大修験道場:兵庫県神戸市中央区中山手通6丁目1-2

中国方面指導部

  • 岡山大修験道場:岡山県岡山市北区佐山293-1
  • 倉敷大修験道場:岡山県倉敷市連島町連島88-1
  • (広島大道場):広島県広島市東区光町1丁目9-23
  • 福山大修験道場:広島県福山市引野町4丁目3-15

四国方面指導部

九州方面指導部

  • 鹿児島大修験道場:鹿児島県鹿児島市城山町6-30
  • 長崎大修験道場:長崎県長崎市木場町1576-1

欧州方面指導部

  • パリ大道場:

アフリカ方面指導部

  • アビジャン大道場:コートジボワール
  • ダカール大道場:セネガル

北米方面指導部

大道場はなし

ラテンアメリカ方面指導部

  • サンジョアキン陽光会館:ブラジル・サンパウロ市リベルダーデ区。
  • サンパウロ大道場:ブラジルサンパウロ
  • クリチバ大道場:ブラジルパラナ州クリチバ。
  • リマ大道場:ペルー
  • メキシコ大道場:メキシコ
  • カラカス大道場:ベネズエラ共和国カラカス。

オーストラリアオセアニア方面指導部

大道場はなし

アジア方面指導部

大道場はなし

組織

歴代

「教え主」と称する。

  • 1岡田光玉(1901-1974)<-1974>:
  • 2岡田恵珠(1929-2016)<1974-2009>:
  • 3岡田光央(1947-)<2009->:1947年(昭和22年)生。書家・手島右卿の長男。手島泰六。1964年(昭和39年)神組み手となる。1967年(昭和42年)4月、真光隊設置により東京青年隊隊長。1970年(昭和45年)3月、国学院大学文学部史学科神道考古学専攻卒。11月、上野大道場付導士。1976年(昭和51年)4月、企画室課長。1984年(昭和59年)企画室長補佐兼奉斎部長補佐。1993年(平成5年)、岡田家に入籍。1994年(平成6年)企画室長。2000年(平成12年)元み魂座統理。2002年(平成14年)2月、教え主補佐。10月、教え主代理。2009年(平成21年)11月、3代教え主に就任。
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%B4%87%E6%95%99%E7%9C%9F%E5%85%89」より作成

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