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御所八幡宮

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年8月9日 (月)

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烏丸通に面する御所八幡宮

御所八幡宮(ごしょ・はちまんぐう)は、京都府京都市中京区亀甲屋町にある足利家ゆかりの八幡宮。祭神は応神天皇神功皇后比売神等持寺の鎮守だった。御池八幡宮三条坊門八幡宮高倉八幡宮等持院八幡宮等持寺八幡宮御所八幡宮社とも呼ばれる。村社。


1279年(弘安2年)、後宇多天皇の勅で御所(二条高倉内裏か)内に創建し、1344年(興国5年/康永3年)、足利尊氏が卜部兼豊に命じて邸内(二条万里小路第か)に改めて勧請したという。そして尊氏館を寺にした等持寺の鎮守となった。あるいは足利直義(尊氏の弟)が以仁王御所の高倉殿の跡地に邸宅(三条御所)を構えて古くからあった八幡宮を鎮守としたともいう。足利尊氏の館に由来するものなのか、三条御所に由来するものなのかはっきりしないが、どちらも足利家にとって重要な地であり、場所も近接してしたため伝承に混乱が生じたのかもしれない。等持寺の鎮守というのは誤りとする見解もある。


応永年間、三宝院門跡の満済が別当となった。 応仁の乱で等持寺は廃絶したが、八幡宮は残った。 のち天台宗吉祥院が別当となった。 天正年間に再建。宝永、天明、元治に焼失。 1905年(明治38年)に再建。 1945年(昭和20年)、空襲対策として御池通南側一体の強制疎開が行われ、中京区御所八幡町から数十m南の現在地に遷座した。 (日本歴史地名大系、国史大辞典ほか)


資料

  • 宮地直一「三条坊門八幡宮の由来」『歴史地理』38-1[1](国会限定)
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%BE%A1%E6%89%80%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE」より作成

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