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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

東神社

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年11月26日 (月)

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東神社(ひがし・じんじゃ)は、北海道岩見沢市東町にある霊社鳥取東照宮の分社。主祭神は徳川家康、池田忠継、池田忠雄、池田光仲、池田慶徳で、大国主大神を合祀する(北海道神社庁ウェブサイト)。領主奉斎神社。無格社。

歴史

東町は1885年(明治18年)、鳥取県と山口県から入植して始まる。1887年(明治20年)、鳥取県出身者は現在の鎮座地に鳥取神社、山口県出身者は町の北部に山地神社を創建した。住民和合のため、1891年(明治24年)両神社を合祀して東神社と改称した(北海道神社庁ウェブサイトでは改称は1906年(明治39年)のこととする)。1892年(明治25年)失火で焼失。1900年(明治33年)、改めて鳥取県鳥取市の樗谿神社(鳥取東照宮)の分霊を祀った。1907年(明治40年)、再度焼失したのを機に大国主を合祀。1933年(昭和8年)本殿改築で正式に合祀した。(日本歴史地名大系)

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