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柏原大神宮
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2024年11月17日 (日)
柏原大神宮(かいばら・だいじんぐう)は兵庫県丹波市柏原町柏原にある伊勢信仰の神社。神宮教に由来。柏原八幡宮の入口にある。
拝殿は八幡宮の舞殿(宝永年間再建[1])の古材を用いて建造したという[2]。南に隣接する皇典講究所は小島省斎の旧邸を移築したものという[3][4]。
歴史
- 明治初年:千種縫、亀岡藩の命で阿陀岡神社の神職となる[5]
- 明治4年3月:千種縫、多田村賀茂神社の神職となる[6]
- 明治5年2月:千種縫、豊岡県より氷上郡神道取締触頭に任命[7]
- 明治6年2月:千種縫、佐治小倉村佐地神社祠官[8]
- 明治8年4月:千種縫、籠神社主典。宮司の元宮津藩主本荘宗武の知遇を得る。明治9年1月12日現在で職員録に籠神社主典として名前がある[9]
- 明治9年:千種縫、宮津町神宮教会所建設に尽力[10]
- 明治10年:中講義大原美能里と権中講義千種縫、西南戦争に際して大阪陸軍事務所または臨時病院を通して木綿70反を寄贈[11]
- 明治10年:千種縫、神官官制の改正にともない佐治村に帰る[12]
- 明治11年10月5日:千種縫、氏子に招かれ柏原八幡宮の祠官となる。以前、柏原町の神道事務支局にしばしば説教に訪れていた。[13]
- 明治12年9月:千種縫、兵庫神道事務分局から丹波国第一号神道事務支局および教会所の建築総裁に命じられる[14]
- 明治13年5月8日:分霊式。10日まで。千種縫らの首唱による。建築費2500円[15]
- 明治17年:本荘宗武、扁額を寄進
- 明治20年1月:淡島神を善宝院から遷座[16]
- 明治22年:千種縫、権少教正[17]
- 明治30年:<神宮教、神宮奉斎会に改組>
- 明治33年9月4日:神宮奉斎会柏原支部、法人設立許可。10月5日登記[18]
- 明治33年9月25日:神宮奉斎会本院、柏原支部の設置を許可[19]
- 大正3年2月7日:御大典記念の公会堂建設に関する町民大会を開催[20]
- 昭和2年:『氷上郡志』「神宮奉斎会支部」に「教正伝統の中臣神事を斎院に厳存し、後嗣継承すといふ」とある[21]
- 昭和20年8月30日:神宮奉斎会本院、兵庫本部に対し、柏原支部を10月末に廃止することを通達[22]
- 戦後:柏原大神宮となり、神社本庁に所属。
画像
千家尊福?の扁額。「至誠通神」か。 |