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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。東京都の放送局や伊賀でも同様なのか。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

内務省社寺局

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2018年5月5日 (土)

社寺局から転送)
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内務省社寺局は、近代日本に設置された宗教を管轄する官庁の一つ。教部省の前身として1877年(明治10年)に設置。1900年(明治33年)、神社局宗教局に分かれた。

組織

歴代局長

歴代 名前 生没年 在職年 備考
1 足立正声 1841-1907 1877-1878 1877年(明治10年)1月19日就任。1878年(明治11年)3月6日退任。
2 桜井能監 1844-1898 1878-1883 島根県出身。1844年(弘化1年)生。1869年(明治2年)新政府に出仕。1878年(明治11年)3月7日就任。1883年(明治16年)10月27日退任。皇典講究所の創立につくす。1898年(明治31年)6月4日死去。55歳。
3 丸岡莞爾 1836-1898 1883-1886 1883年(明治16年)10月27日就任。1886年(明治19年)3月3日退任。
4 丸岡莞爾 1836-1898 1886-1888 1886年(明治19年)3月3日就任。1888年(明治21年)9月28日退任。
5 国重正文 1840-1901 1888-1893 1888年(明治21年)10月29日就任。1893年(明治26年)6月1日退任。
6 阿部浩 1852-1922 1893-1896 1893年(明治26年)6月1日就任。1896年(明治29年)1月18日退任。
7 安広伴一郎 1859-1951 1896-1897 1896年(明治29年)2月7日就任。1897年(明治30年)4月19日退任。
8 大谷靖 1844-1930 1897-1897 1897年(明治30年)4月19日就任。1897年(明治30年)8月30日退任。
9 久米金弥 1865-1932 1897-1898 1897年(明治30年)8月30日就任。1898年(明治31年)10月24日退任。
10 水野錬太郎 1868-1949 1898-1898 1898年(明治31年)10月24日就任。1898年(明治31年)11月28日退任。
11 斯波淳六郎 1861-1931 1898-1900 1898年(明治31年)11月28日就任。1900年(明治33年)4月27日退任。
  • 出典:『戦前期日本官僚制の制度・組織・人事』
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%86%85%E5%8B%99%E7%9C%81%E7%A4%BE%E5%AF%BA%E5%B1%80」より作成

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