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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

福勝院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年6月12日 (金)

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福勝院(ふくしょういん)は、平安京東郊の白川・吉田(京都府京都市左京区吉田近衛町)にあった寺院。鳥羽法皇皇后の高陽院の御願寺・菩提寺・陵墓。通称は白川御堂、白川福勝院。

歴史

高陽院藤原泰子(1095-1155)が創建。1151年(仁平1年)6月13日の落慶法要には鳥羽法皇も臨席した。康助や賢円が造仏に関わった。1154年(久寿1年)10月、三重塔が建立され、御斎会に准じて法要を営んだ。他に九体阿弥陀堂と護摩堂があった。 翌年、高陽院が死去すると、遺骨が福勝院の護摩堂の床下に収められた。廃絶時期は不明。 高陽院の陵墓と伝承される塚があったが学校建設で消滅し、現在の近衛中学校の敷地内となっている。 (『日本歴史地名大系』)

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