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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

草壁皇子旧跡

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2020年1月6日 (月)

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草壁皇子(くさかべのおうじ)(662-689)は天武天皇の皇子。母は持統天皇皇太子文武天皇の父。妃は元明天皇。追尊天皇の初例で、岡宮御宇天皇(おかのみやにあめのしたしろしめししすめらみこと)の尊号が奉られた。岡宮天皇と略す。日並知皇子尊(ひなめしのみこのみこと)、日並皇子日並皇子尊長岡天皇とも通称されるが、由来は不詳。


707年(慶雲4年)、草壁皇子が国忌の対象となる。 758年(天平宝字2年)、甥にあたる淳仁天皇から岡宮御宇天皇の尊号を贈られた。 「長岡天皇」の通称が登場するのは鎌倉時代末期成立の『釈日本紀』からのようである(ただし、『延暦僧録』では桓武天皇のことを「長岡天皇菩薩」と呼んでいる)。


義淵は草壁皇子と共に岡宮で育てられたという伝承がある。

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