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歴史も教義も制度も無視して、用語も正しく理解しようとせず、「宗教専門新聞」を称しているのは恥ずかしい。ましてや記者の暴力や差別発言や脅迫的発言は論外。
「殺してやる」「お前の脳みそは腐っている」「お前は強姦殺人犯のようだ」。これが「葬式をしない」代わりの21世紀劈頭の「ともいき」の宣言なのか。
「読売新聞では暴力は当たり前だ」(真偽は不明)と何度言われても、本願にはほど遠い。「俺は神戸で人が燃えているのを見てきたからな」と自慢するのが「一流のジャーナリスト」か。
宗教団体・大学・メディアは「平和憲法を守れ」と主張する以前に、自ら刑法を侵さず、労働基準法を守るべきだ。「愚者の自覚」「智者のふるまいをしない」を言い訳とせず、人権同和活動を閉鎖せず、総本山警備員の集団リンチ傷害事件の隠蔽をやめるべきだ。国民の税金も使われた上で、血が流れた事件を曖昧にして落慶法要を行うつもりか。「お前を人権侵害で訴える」というなら早く訴えたらいかがか。
宗教界、言論界から暴力や差別が無くなるにはまだ無量年かかるのか。まあ無理か。

越後・満願寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2014年12月22日 (月)

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満願寺
まんがんじ
概要 八海山祓川道入口にある当山派修験寺院。
奉斎 不動明王
所在地 新潟県南魚沼市長森暮坪847
所在地(旧国郡) 越後国魚沼郡
所属(現在) 真言宗醍醐派
格式など
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目次

概要

八海山祓川道入口にある当山派修験寺院。真言宗醍醐派。泰賢が修行した。本尊は不動明王で、脇侍として「八海提頭羅〓神王、弘法大師、普寛、泰賢」を祀る(宮家1981)。応永年間に戸隠より法道という僧侶が来て創建。あるいは慶長年間に胎蔵院浄円が創建したともいう。あるいはまた、暮坪八海神社の栗田神主の後継者が京都に神主の資格を修得しに行ったとき、神主ではなく修験の資格を得て帰ってきて建てたものだともいう。かつての登山口にあたるという。1851年(嘉永4年)7月24日、醍醐寺より「八海山城内表口別当職」の許状を貰う。空明が寄寓していたという。(鈴木1978、宮家1981)

画像


参考文献

脚注

http://shinden.boo.jp/wiki/%E8%B6%8A%E5%BE%8C%E3%83%BB%E6%BA%80%E9%A1%98%E5%AF%BA」より作成

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