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伊勢神宮御料地
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
伊勢神宮御料地
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*[[伊勢神宮神田]] *[[伊勢神宮山田御料田]] *[[伊勢神宮伊雑宮御料田]] *[[伊勢神宮御園]] *[[伊勢神宮御塩浜]] *[[伊勢神宮御塩殿]] *[[伊勢神宮御塩焼所]] *[[伊勢神宮御塩汲入所]] *[[伊勢神宮御料鰒調製所]] *[[伊勢神宮御料干鯛調製所]] *[[伊勢神宮土器調製所]] *[[神服織機殿]] *[[神麻続機殿]] *[[伊勢神宮御杣山]] ==神饌調進関係== {|class="wikitable" |+ !style="width:10%"|種類 !style="width:20%"|御料地/関連神社祭場 !style="width:20%"|所在地 !style="width:10%"|種別 !style="width:40%"| |- |神饌 神田 |楠部神田([[神宮神田]]) |三重県伊勢市楠部町 |神宮施設 |楠部にある神宮の神田。現在は「神宮神田」と称す。 |- |神饌 神田 | [[楠部神田 神田祭場]] |三重県伊勢市楠部町 |神宮祭場 |楠部神田の祭場。 |- |神饌 神田 | [[楠部神田 忌鍬山木本祭場]] |三重県伊勢市楠部町 |神宮祭場 |神田下種祭の祭場。 |- |神饌 神田 | [[楠部神田 忌鍬山山口祭場]] |三重県伊勢市楠部町 |神宮祭場 |神田下種祭の祭場。 |- |神饌 神田 | [[大土御祖神社]] |三重県伊勢市楠部町尾崎2132 |皇大神宮摂社 |「大国玉命、水佐佐良比古命、水佐佐良比賣命」を祀る。神田所在地と水の守護神。御田植神事のときには舞が奉納される。 |- |神饌 神田 | [[宇治乃奴鬼神社]] |三重県伊勢市楠部町尾崎2132 |皇大神宮末社 |「高水上命」を祀る。灌漑用水の神。大土御祖神社に同座。 |- |神饌 神田 | 宇治乃奴鬼神社旧跡([[皇女の森]]) |三重県伊勢市楠部町 |跡地 |宇治乃奴鬼神社の旧鎮座地。 |- |神饌 神田 |[[田辺神田]] |三重県度会郡玉城町上田辺 |跡地 |「田上神田」も同じか。廃絶。周辺は荒木田氏の根拠地で、田んぼを開墾したことから、荒木田氏の名を賜った。 |- |神饌 神田 | [[坂手国生神社]] |三重県度会郡玉城町上田辺2144 |皇大神宮摂社 |「高水上神」を祀る。灌漑用水の神。 |- |神饌 神田 |[[豊宮崎神田]] |三重県伊勢市岡本 |跡地 |「豊宮崎神田」。「大御田」「精進田」ともいう。起源は不詳だが、ながらく外宮の中心的な神田であった。1871年(明治4年)11月、上地となり一時廃絶。1889年(明治22年)、岡本町・豊川町・八日市場町に田地を購入し、復興した。八日市場町の田地は1921年(大正10年)に山田工作場の敷地となった。岡本町・豊川町の田地は、戦後廃止。宅地化の波に押されたのであろうか。(神宮要略、『お伊勢まいり』) |- |神饌 神田 | [[伊我理神社]] |三重県伊勢市岡本町 |豊受大神宮末社 |「伊我利比女命」を祀る。神田に関わる神。豊宮崎神田での神事を伊我理神事といった。 |- |神饌 神田 | [[井中神社]] |三重県伊勢市岡本町 |豊受大神宮末社 |「井中神」を祀る。神田の井泉の神。伊我理神社に同座。 |- |神饌 神田 | [[山末神社]] |三重県伊勢市豊川町 |豊受大神宮末社 |「大山津姫命」を祀る。御田口の泉の神。 |- |神饌 神田 |[[磯部御料田]] |三重県志摩市磯部町上之郷 |神宮施設 |伊雑宮の近くにある。毎年6月24日に御田植神事が行われ、「磯部の御神田」と呼ばれている。磯部9村が輪番で奉仕する。 |- |神饌 神田 | [[佐美長神社]] |三重県志摩市磯部町恵利原 |別宮所管社 |「大歳神」を祀る。大歳社とも穂落社ともいう。大歳神が真名鶴と化して、稲穂を加えて飛んできて、穂を落とし、御料田を含む「磯部の千田」の起源となったとされる。「昔真名鶴磯部の千田に稲穂落としたそのまつり」という歌が「磯部の御神田」に伝わっている。伊雑宮所管社の佐美長御前神社4社がある。 |- |神饌 米 |御稲御倉 |内宮 |神宮施設 |四御倉の一で、唯一現存する。御常供田の稲を収蔵する。御稲奉下の行事を行う。寛正年間から織御衣を織るようになり、御機殿とも呼ばれた。明治以後、御稲御倉神が祀られて、所管社となった。(神宮要綱) |- |神饌 米 | 御稲御倉神 |内宮 |皇大神宮所管社 |「御稲御倉神」を祀る。御稲御倉の鎮守。 |- |神饌 酒 |御酒殿 |内宮 |神宮施設 |御酒殿院の主殿。神酒を醸造するところ。中世、廃絶し、慶安年間に復興。神官のみの直会はここで行われたという。(神宮要綱) |- |神饌 酒 | 御酒殿神 |内宮 |皇大神宮所管社 |「御酒殿神」を祀る。御酒殿の鎮守。 |- |神饌 酒 |御酒殿 |外宮 |神宮施設 |忌火屋殿の奥にある。現在は、白酒、黒酒、醴酒、清酒を忌火屋殿で造り、この殿に奉納し、三節祭に供える。(お伊勢まいり) |- |神饌 酒 | 御酒殿神 |外宮 |豊受大神宮所管社 |「御酒殿神」を祀る。御酒殿の鎮守。 |- |神饌 酒 |白鷹株式会社 |兵庫県西宮市鞍掛町4-16 |御用達企業 |1862年(文久2年)創業。1924年(大正13年)、御料酒となる。本蔵内に注連縄を張られた木造の御料酒庫がある。 |- |神饌 塩 |[[伊勢神宮御塩殿]] |三重県伊勢市二見町荘 |神宮施設 |御塩殿は神饌に用いられる御塩を調進する施設。五十鈴川の河口付近にある御塩浜で毎年土用に濃い塩水を組む。それを御塩汲入所に汲み入れ、御塩汲入で焼き、荒塩を作る。さらに御塩殿で三角形の土器に詰めて、堅塩を作る。10月5日に御塩殿祭。 |- |神饌 塩 |[[伊勢神宮御塩浜]] |三重県伊勢市二見町西 |神宮施設 |神饌に用いられる御塩を取るための、五十鈴川の河口付近にある塩田。 |- |神饌 塩 | [[御塩殿神社]] |三重県伊勢市二見町荘 |皇大神宮所管社 |御塩殿の鎮守。祭神は「御塩殿鎮守神」。 |- |神饌 塩 | [堅田神社]] |三重県伊勢市二見町茶屋 |皇大神宮摂社 |「佐見都日女命」を祀る。倭姫命に堅塩を奉った神を祀る。 |- |神饌 塩 |[[大塩屋塩田]] |三重県伊勢市大湊町 |跡地 |神饌に用いられる御塩を取るための、大塩屋御薗にあった塩田。1498年(明応7年)の大地震による津波で流出。 |- |神饌 塩 | [[志宝屋神社]] |三重県伊勢市大湊町 |豊受大神宮末社 |「塩土老翁」を祀る。塩業の神。1498年(明応7年)の大地震による津波で流出。1644年(正保1年)に再興。 |- |神饌 塩 |塩御倉 |内宮 |跡地 |堅塩や土器を収める蔵。「御器御倉」とも。廃絶。 |- |神饌 水 |上御井神社 |外宮 |豊受大神宮所管社 |「上御井鎮守神」を祀る。藤岡山の麓にある。井戸は天の忍穂井から移したとされる。神饌の水に用いられる。 |- |神饌 水 |下御井神社 |外宮 |豊受大神宮所管社 |「下御井鎮守神」を祀る。井戸は予備の井戸とされる。 |- |神饌 海産物 |[[伊勢神宮御料鰒調製所]] |三重県鳥羽市国崎町 |神宮施設 |伊勢神宮御料鰒調製所は身取鰒(みとりあわび)や玉貫鰒(たまぬきあわび)を作る施設。生鰒、乾栄螺(ほしさざえ)、ひじき、わかめ、あらめなどの調達も行なっている。祠がある。 |- |神饌 海産物 | [[海士潜女神社]] |三重県鳥羽市国崎町 |神社 |倭姫命にあわびを献上した海女の「おべん」を祀る神社。 |- |神饌 海産物 | [[赤崎神社]] |三重県鳥羽市鳥羽 |豊受大神宮末社 |「荒崎姫命」を祀る。海から外宮のに奉納する御贄の守護神。 |- |神饌 海産物 |[[伊勢神宮御料干鯛調製所]] |愛知県知多郡南知多町篠島 |神宮施設 |御料干鯛調製所は生鯛の内蔵を取って乾燥させた干鯛を作る施設。干鯛は「おんべ鯛」とも呼ばれ、三節祭にて神饌として供される。篠島は伊勢湾の渥美半島と知多半島の中間点に浮かぶ島。古来、伊勢神宮との関係が強い。かつては志摩国答志郡に含まれていたという。 |- |神饌 海産物 | [[篠島神明神社]] |愛知県知多郡南知多町篠島 |神社 |祭神は「大土御祖神、大年神、宇迎之御魂神」である。篠島神明神社は篠島の中部にあり、倭姫命の旧跡とされ、荒御魂を祭った跡というが、現在は祭神に荒御魂は含まれない。771年(宝亀2年)に土之宮(豊受大神宮の土宮?)を分霊して創建。参詣者は二見ヶ浦から遥拝したという。のち神明社と改称。かつては神宮の1社として式年遷宮にあわせて遷宮を行ったと言われる。現在は独立した神社で、内宮の宝殿を下賜されて遷宮としている。(ウェブサイト) |- |神饌 海産物 | [[篠島八王子社]] |愛知県知多郡南知多町篠島 |神社 |1288年(正応1年)、伊勢国度会郡の箕輪神社(箕曲中松原神社のことか)から分霊して創建。神明神社の古材で遷宮を行なってきた。現在は八王子の神々を祭神とする。 |- |神饌 海産物 |[[贄海神事旧跡]] |三重県伊勢市二見町松下 |跡地 |毎年6月15日に行われていた贄海神事の旧跡。皇大神宮の禰宜が山向内人等を引き連れて、騎馬にて出発し、鏡宮神社の地から船に乗り、江川を下って、江村湾に出て神崎に上陸。手水を行い、浦々島々の神々を祭り、禊をする。潮が引くのを待って、御饌島(祓島)に渡り、牡蠣7,?7、海松(みる)7を採る。戻って神崎の狩屋で饗膳し、御贄を内宮に持ち帰る。現在、「御坐岩」「笏立石」「まないた石」「祓島」「潜島」などの旧跡がある。潜島は海蝕洞門となっており、毎年旧暦6月1日(大潮の日でないと近づけない)に現在でも地元で注連縄張りを行なっている。 |- |神饌 海産物 |[[御贄調舎]] |内宮 |神宮祭場 |神饌の鰒を調理し供える殿舎。豊受大神の神座がある。明治以後の設置で、かつては正宮正面の五十鈴川の中洲で行われた。 |- |神饌 海産物 |[[浜出神事旧跡]] |三重県伊勢市二見町今一色 |跡地 |浜出神事の旧跡。毎年9月13日に外宮の神職により高城浜(今一色海岸)で贄を採る神事が行われていた。 |- |神饌 その他 |[[伊勢神宮御園]] |三重県伊勢市二見町溝口741 |神宮施設 |1898年(明治31年)開設。諸祭典に用いられる野菜や果物を栽培している。1914年(大正3年)、1935年(昭和10年)に拡張。春分の日に御園祭。(『みもすそ』60号) |- |神饌 その他 | [[園相神社]] |三重県伊勢市津村町 |皇大神宮摂社 |「曽奈比比古命、御前神」を祀る。御園の守護神。『倭姫命世記』に園作神が御園地を献上したことに始まるとある。 |- |神饌 その他 |[[神宮御料生姜園]] |浜松市浜北区西美薗 |神宮施設 |美園御厨。神宮の荘園。生姜の献納は耕作者不足から近年、途絶えた。(静岡県神社庁ウェブサイト) |- |神饌 その他 | [[美薗諏訪神社]] |浜松市浜北区西美薗1720 |神社 |美園御厨の鎮守。祭神は「建御名方命、誉田別命、素盞之男命」。創建不詳。1691年(元禄4年)再建の棟札があるという。(静岡県神社庁ウェブサイト) |- |神饌 その他 |[[神宮御料山葵園]] |長野県安曇野市穂高 |神宮施設 |大王わさび農場。毎年5月に祈願祭。1949年(昭和24年)から。祭典にあわせて奉納する。(『みもすそ』60号) |- |神饌 その他 | [[矢原神明宮]] |長野県安曇野市穂高931 |神社 |「天照皇大神」を祀る。矢原御厨の鎮守。わさび豊作祈願祭をおこなう。 |- |神饌 その他 |[[神宮苹果園]] |長野県安曇野市三郷小倉 |神宮施設 |安曇野地区では明治時代から伊勢講を組織し、諏訪神社を通して、神宮に奉納。1960年(昭和35年)諏訪神社の氏子を中心に神宮御料りんご奉賛会を設立。毎年5月に豊作祈願祭、天皇誕生日と祈年祭に神宮に奉納する。(『みもすそ』60号) |- |神饌 その他 | [[小倉諏訪神社]] |長野県安曇野市三郷小倉 |神社 |祭神は健御名方命・八坂刀売命。創建不詳。1954年(昭和29年)、現在地に遷座。旧村社。 |- |神饌 その他 |由貴御倉 |内宮 |神宮施設 |由貴大御饌に供進する御料を収める倉。御酒殿院の倉の一つ。「由貴殿」と呼ばれた。1047年(永承2年)の焼亡で廃絶。寛永の遷宮で復興した。6月15日の御贄神事で殿の東南の耳に御贄を掛け、神酒を奉納することが、1871年(明治4年)の神宮改正まで行われていた。(神宮要綱) |- |神饌 その他 | 由貴御倉神 |内宮 |皇大神宮所管社 |「由貴御倉神」を祀る。由貴御倉の鎮守。 |- |神饌 その他 |[[伊勢神宮土器調製所]] |三重県多気郡明和町蓑村 |神宮施設 |神饌を供するのに用いる素焼きの土器を製作する施設。土器は一度使用したら埋められる。風日祈祭に供えられる御笠と御蓑もここで製作される。 |}
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