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華厳宗
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
華厳宗
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'''華厳宗'''(けごんしゅう)は、『華厳経』に依拠する仏教の宗派。 == 歴史 == *『華厳経』は、西域のホータンで編纂された。 *新羅は『華厳経』を国家的に重視した。華厳十刹。今でも韓国寺院には毘盧舎那仏を祀る毘盧殿があることが多い。 *遼・金代、華厳思想は密教と融合。 *空海は、『十住心論』で、華厳を密教の一段階下に位置付けた。 *日本では融通念仏宗も『華厳経』を所依経典とする。 == 一覧 == ===中国=== *[[大薦福寺]] *[[長安・華厳寺]] *[[慧因院]] *[[上華厳寺]] *[[下華厳寺]] ===朝鮮=== *[[華厳十刹]] *[[求礼・華厳寺]]:全羅南道求礼郡。[[華厳十刹]]・[[寺刹令本寺]]・曹渓宗25本寺。八十華厳を刻した華厳石経 *[[浮石寺]]:朝鮮華厳宗の根本道場。 *[[月精寺]] ===日本=== *[[東大寺]] *[[東大寺戒壇院]] *[[高山寺]] *[[久米田寺]] *[[武蔵・称名寺]] ==人物== ===中国=== *支法領:于闐で編纂された『華厳経』原本を中国に将来。 *仏陀跋陀羅(359-429):インドから中国に来た僧侶。六十華厳(晋経、旧経)を訳す。 *慧命(531-568):『荘子』と『華厳経』を学び、『詳玄賦』を記す。一即多を解き、万物は仏の光明が貫徹したものだと説いた。 *曇遷(542-607):『亡是非論』を著した。無心となり「これは良い、これは悪い」とあげつらうことをしないことを説いた。 *実叉難陀(652-710):八十華厳(唐経、新経)を訳す。 *般若:入法界品(貞元経)を訳す。 *1杜順(557-640):華厳宗の開祖。一定の寺に住まず、山野に寝起きした。遊行の旅が善財童子の姿と重なった。普賢行を修し、空を重視した『法界観門』を著したとされる。墓所は、[[長安・華厳寺]]跡に塔のみ残る。 *2智儼(602-668):[[至相寺]]に住す。[[摂論宗]]や[[地論宗]]を学び、心の問題を探求。唯識学と華厳思想を統合しようとした。『孔目章』では『亡是非論』の解く無心になってこそ『華厳経』の性起が起こる、つまり仏性が現れるとした。『捜玄記』は「華厳宗の立教開宗の書」と言われる。弟子に智儼や義湘がいる。 *3法蔵(643-712):華厳宗教学の大成者。智儼に師事。[[大薦福寺]]に住した。『十二門論宗致義記』は、空を究明。『大乗起信論義記』は、心を探求。『金師子章』を[[則天武后]]のために書いたという伝説がある。『探玄記』は、六十華厳の概説書。『華厳五教章』は、2種類ある。法蔵から義湘への手紙が日本に伝わっている。弟子に審祥がいる。賢首大師。 *4澄観(738-839):[[五台山]][[顕通寺]]に住した。禅にも関心を示す。『華厳経疏』は、八十華厳の概説書。さらにそれを敷衍して『随疏演義鈔』を著した。華厳学は、『老子』の「玄之又玄」を仏教的に解釈したものだとまでいう。墓所は、[[長安・華厳寺]]跡に塔のみ残る。通称は、清凉大師。 *5[[宗密]](780-840):[[草堂寺]]に住す。禅教一致を主張。『禅源諸詮集都序』。荷沢禅を学び、『円覚経』に傾倒。『円覚経大疏』を記す。その注釈として『大疏鈔』や『円覚経略疏』を書いた。さらに『略疏鈔』を書いた。『原人論』。「気の哲学」があるという。宋代の中国思想に大きな影響を与えた。 ===朝鮮=== *義湘:華厳古刹を建てた。『華厳一乗法界図』で、華厳経を210字の図印にまとめ、これを行道しながら唱える実践行を提唱。 ===日本=== [[南都仏教の人物旧跡]]も参照。 *道慈(?-744):八十華厳を招来。 *[[良弁]](689-773):東大寺の開山。 *審祥(生没年不詳):日本華厳宗の開祖。[[大安寺]]の僧侶。新羅人という説もある。 *慈訓(691-777):審祥の跡を継いで、華厳経の講義を開く。通称「華厳講師」。 *道セン(702-760):天平8年、華厳宗経典を伝える。 *実忠(726-?):東大寺修二会の創始者。 *鏡忍(?-784):良弁の弟子。 *普機(生没年不詳):天長7年(830)、六本宗書の一つ『華厳一乗開心論』を著す。 *道雄(?-851):[[海印寺]]開山。[[空海]]の高弟だが、長歳に華厳宗を学ぶ。 *円超(861-925):海印寺良緒に学び、東大寺でも学ぶ。延喜14年、醍醐天皇の命で『華厳宗章疏並因明録』を提出。 *光智(894-979):[[東大寺尊勝院]]の開山。良緒に学ぶ。 *景雅(1103-1185): *[[重源]](1121-1206):東大寺大勧進 *弁暁(1139-1202):尊勝院を再建。 *[[明恵]](1173-1232):[[高山寺]]中興。 *宗性(1202-1292): *凝然(1240-1321):『探玄記洞幽鈔』『五教章通路記』『三国仏法伝通縁起』 *禅爾(1252-1325):[[久米田寺]]を復興する。 *俊才(1259-1353):東大寺大勧進。[[後醍醐天皇]]の戒師となり、国師号を賜ったという。晩年は武蔵・称名に住す。 *潭睿(1271-1346):称名寺長老3世。[[下総・東禅寺]]を経て[[武蔵・称名寺]]を継ぐ。 *総融(?-1386):東大寺大勧進や戒壇院長老を務めた学僧。1000巻に及ぶ経典注釈書を書いたという。惣融。 *志玉(1383-1463):応永24年(1417)、明に渡る。明の太宗に華厳経の講義を行い、普一国師の号を賜る。帰国後、東大寺戒壇院長老。[[称光天皇]]から改めて国師号を賜る。著書に『華厳五教章見聞』。 *公慶(1648-1705):[[東大寺大仏殿]]を再建。 *鳳潭(1654-1738):[[京都・華厳寺]]開山。『華厳五教章匡真鈔』『起信論義記幻虎録』 ==流派== ===朝鮮=== *北岳派:浮石寺 *南岳派:華厳寺 ===日本=== *本寺派尊勝院流:東大寺尊勝院を中心とする流派。 *本寺派戒壇院流:東大寺戒壇院を中心とする流派。凝然。 *末寺派:高山寺を中心とする流派。明恵。
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