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豊浦寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
豊浦寺
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'''豊浦寺'''は、大和国[[飛鳥]]にあった[[古代寺院]]。[[向原寺]]が後身とされる。[[善光寺遷座旧跡]]。[[聖徳太子建立四十六寺]]の一つともいう。 == 歴史 == [[善光寺信仰]]では、創建時に祀られた本尊が、信濃[[善光寺]]に祀られている善光寺如来(一光三尊阿弥陀如来像)と信じられている。 552(欽明13)年、善光寺如来は、自身の意思によって、日本に渡り、日本に仏教が伝えられた。宮中では崇仏論争が起きたが、蘇我稲目が自邸に善光寺如来を祀った。しかし、疫病が起こり、崇仏をしたための神祇の祟りだとされて、寺は焼却され、善光寺如来は難波の堀江に捨てられた。その後の593年(推古1年)、同地には推古天皇の豊浦宮が造営され、603年(推古11年)、天皇が小墾田宮に移ったあと、豊浦寺となった。 [[category:奈良県]]
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