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大野招魂社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
大野招魂社
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[[ファイル:篠座神社・大野招魂社-03.jpg|thumb|500px| ]] '''大野招魂社'''(おおの・しょうこんしゃ)は福井県大野市篠座にある[[招魂社]]。[[篠座神社]]内。[[官祭招魂社]]。[[指定外護国神社]]。'''大野護国神社'''、'''篠坐招魂社'''とも。 ==歴史== [[ファイル:篠座神社・戦死之碑-02.jpg|thumb|500px| 明治2年に建てられ、明治33年に再建された「戦死之碑」]] [[ファイル:大野招魂社・古写真001.jpg|thumb|500px| ]] *1868年9月25日:大野藩軍、大野を出発(箱館戦争と大野藩) *10/12秋田湊に到着(箱館戦争と大野藩) *10/20箱館到着(箱館戦争と大野藩) *10/25青森到着(箱館戦争と大野藩) *1869年4月8日:乙部到着(箱館戦争と大野藩) *5/21:箱館大森浜で招魂祭(箱館戦争と大野藩) *5/23:日蓮宗実行寺の僧侶を招いて追悼法要。戦死者に法号を付ける。(箱館戦争と大野藩)[https://dl.ndl.go.jp/pid/1901141/1/131] *5/25:箱館を出港(箱館戦争と大野藩) *5/29東京着(箱館戦争と大野藩) *6/8東京発(箱館戦争と大野藩) *6/23大野凱旋。[[越前・善導寺|善導寺]]廟所に参拝(箱館戦争と大野藩) *7/13大野藩掌政局、戦死者遺族に恩賞(箱館戦争と大野藩) *1869年8月9日:演武場で招魂祭。斎主は篠座神社の神主。(箱館戦争と大野藩)祝詞[https://dl.ndl.go.jp/pid/1901141/1/139] *1869年8月:戦死碑文が完成。(箱館戦争と大野藩)碑文[https://dl.ndl.go.jp/pid/1901141/1/29] *1869年10月:花山(大野市下丁)に戦死碑を建立(箱館戦争と大野藩、福井県大野郡誌[https://dl.ndl.go.jp/pid/994014/1/145]) *1870年9月:祠を建立(靖国神社誌、靖国神社百年史。『箱館戦争と大野藩』では月なし) *1873年4月15日:篠座神社境内の東北隅に遷座(箱館戦争と大野藩、福井県神社誌) *1875年(明治8年)4月24日:官祭招魂社・[[官修墳墓]]制度、始まる(ただし「官祭招魂社」「官修墳墓」の呼称はまだない)。 *1878年:明治天皇北陸巡幸にあたり祭祀料下賜(箱館戦争と大野藩) *1899年:篠座神社境内の西北部に遷座(箱館戦争と大野藩) *1900年:石碑を再建(箱館戦争と大野藩) *1901年(明治34年)6月14日:官祭招魂社制度・官修墳墓制度が本格的に制定。 *1906年:菊花紋章許可(箱館戦争と大野藩) *1939年(昭和14年)3月:護国神社制度の施行と共に大野護国神社と改称。 *2017年頃:篠座神社の境内整備にともない、境内の西南に遷座。覆屋を建立 ==祭神== 最初の祭神。1918『箱館戦争と大野藩』[https://dl.ndl.go.jp/pid/1901141/1/131]より。1911年(明治44年)『靖国神社誌』[https://dl.ndl.go.jp/pid/816146/1/26]でも11柱とある。 *1岡鍛:[[檜山護国神社]]祭神。[[江差官修墳墓]]に埋葬。[[函館官修墳墓]]に墓碑。 *2長瀬喜和馬:泉沢に埋葬。函館官修墳墓に墓碑。 *3鷹見政雄:泉沢に埋葬。高見政雄。函館官修墳墓に墓碑。 *4寺田竹次郎:泉沢に埋葬。函館官修墳墓に墓碑。 *5三宅友七:大野に埋葬。北海道[[大野官修墳墓]]、函館官修墳墓に墓碑。 *6金子庫二郎:金子庫次郎。北海道[[大野官修墳墓]]に埋葬。函館官修墳墓に墓碑。 *7和田実之助:泉沢に埋葬。函館官修墳墓に墓碑。 *8広木次左衛門:広木治左衛門。泉沢に埋葬。函館官修墳墓に墓碑。 *9渡辺忠蔵:埋葬不明。木古内に埋葬とも。函館官修墳墓に墓碑。 *10山本太三郎:埋葬不明。木古内に埋葬とも。函館官修墳墓に墓碑。 *11吉田留五郎:青森に埋葬。[[柳町官修墳墓]]、函館官修墳墓に墓碑。 ==画像== <gallery widths="300" heights="300" perrow="3"> file:篠座神社・大野招魂社-01.jpg| file:篠座神社・大野招魂社-02.jpg| file:篠座神社・大野招魂社-03.jpg| file:篠座神社・大野招魂社-04.jpg| file:篠座神社・大野招魂社-05.jpg| file:篠座神社・大野招魂社-06.jpg| file:篠座神社・大野招魂社-07.jpg|内部に本殿がある。明治7年造営時のものか </gallery> <gallery widths="300" heights="300" perrow="3"> file:篠座神社・戦死之碑-01.jpg| file:篠座神社・戦死之碑-02.jpg| file:篠座神社・戦死之碑-03.jpg| file:篠座神社・戦死之碑-04.jpg| file:篠座神社・戦死之碑-05.jpg| file:篠座神社・戦死之碑-06.jpg| </gallery> <gallery widths="300" heights="300" perrow="3"> file:大野招魂社・花山-01.jpg|最初に招魂社が建てられたとされる花山の周辺 file:大野招魂社・花山-02.jpg| file:大野招魂社・花山-03.jpg| file:篠座神社・大野招魂社-08.jpg|篠座神社では最初に境内北東にあった。一の鳥居の北側あたりか。 file:篠座神社・大野招魂社-09.jpg|近年まで招魂社が鎮座していた場所 </gallery> ==資料== *「招魂社関係資料」:『大野市史料所在目録』[https://dl.ndl.go.jp/pid/12163352/1/31]。[[柳廼社]]御神庫所蔵。 *1918『箱館戦争と大野藩』「招魂祭と感状」[https://dl.ndl.go.jp/pid/1901141/1/129]:戦没者一覧 *1918『箱館戦争と大野藩』「招魂祠建設」[https://dl.ndl.go.jp/pid/1901141/1/139] *島津盛太郎1936『福井県神社誌』「官祭大野招魂社」[https://dl.ndl.go.jp/pid/1222714/1/124] *1970「箱館戦争の現在の大野に残る足跡を探ねて」『奥越史料』1 *1980「招魂社記録」『奥越史料』9 *『勝山朝日新聞』1934/5/3[https://dl.ndl.go.jp/pid/9541164/1/345] *南川伝憲2013「越前大野藩関係者の箱館戦争戦没者の墓碑を訪ねて1」[https://www.library-archives.pref.fukui.lg.jp/tosyo/file/614660.pdf] *南川伝憲2014「越前大野藩関係者の箱館戦争戦没者の墓碑を訪ねて2」[https://www.library-archives.pref.fukui.lg.jp/tosyo/file/614646.pdf] [[category:福井県]]
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