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文徳天皇陵 塚越伝承地
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年7月2日 (金)
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京都府京都市西京区御陵塚ノ越町(山城国葛野郡)にある[[文徳天皇]]の[[陵墓]]の伝承地。治定外。中世以来、江戸時代末まではこの塚が文武天皇陵とみなされていたが、幕末の文久の修陵の時に太秦にある[[文徳天皇陵|御廟山]]に変更となった。5世紀前半に遡る前方後円墳。全長86m。近くに文徳天皇の菩提寺の[[山城・真如院]]があった。古墳名は'''天皇の杜古墳'''。 | 京都府京都市西京区御陵塚ノ越町(山城国葛野郡)にある[[文徳天皇]]の[[陵墓]]の伝承地。治定外。中世以来、江戸時代末まではこの塚が文武天皇陵とみなされていたが、幕末の文久の修陵の時に太秦にある[[文徳天皇陵|御廟山]]に変更となった。5世紀前半に遡る前方後円墳。全長86m。近くに文徳天皇の菩提寺の[[山城・真如院]]があった。古墳名は'''天皇の杜古墳'''。 | ||
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2021年7月2日 (金) 時点における最新版
京都府京都市西京区御陵塚ノ越町(山城国葛野郡)にある文徳天皇の陵墓の伝承地。治定外。中世以来、江戸時代末まではこの塚が文武天皇陵とみなされていたが、幕末の文久の修陵の時に太秦にある御廟山に変更となった。5世紀前半に遡る前方後円墳。全長86m。近くに文徳天皇の菩提寺の山城・真如院があった。古墳名は天皇の杜古墳。