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ラデン寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

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ラデン寺(熱振寺)は、チベット・[[ラサ]]にある[[チベット仏教]]寺院。1056年、[[カダム派]]開祖ドムトゥンが創建。カダム派最初の拠点となるが、15世紀初頭に[[ゲルク派]]となる。
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'''レティン寺'''(熱振寺、Reting)は、チベット・[[ラサ]]郊外にある[[チベット仏教]]寺院。ラサ中心部から北東82kmにある。チベット仏教を中興した功績者の一人、[[アティーシャ]](982-1054)の法統を継承称揚するためにその弟子のドムトゥン(1006-1064)が1056年に創建。アティーシャの遺骨も祀ったという。集まった僧侶集団が[[カダム派]]を形成する。カダム派衰退と共に15世紀初頭に[[ゲルク派]]となる。チベット自治区ラサ市ルンドゥプ県唐古郷に属する。ラデン寺。ラディン寺。
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==歴史==
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*1042年:ガリ王チャンチュプウーに招かれ、西チベットに入る。ドムトゥンに招かれ、ウーツァンに来訪。
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インドの[[ヴィクラマシーラ寺院]]座主アティーシャは
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*1054年9月18日:アティーシャ死去。
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*1055年:ドムトゥンら弟子たちによりアティーシャの葬儀を行う。
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*1056年:ドムトゥンがレティン寺を創建。タンカ・ペルチュンという人物の強い要請によりこの地に招かれたという。
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*1751年:[[ガンデン寺]]54世のガワンチョクデン(1677-1751)はレティン寺に引退して、その系譜はレティン・リンポチェ(熱振活仏)として継承された[https://dl.ndl.go.jp/pid/13222869/1/106?keyword=熱振寺]
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==資料==
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*多田等観『チベット滞在記』[https://dl.ndl.go.jp/pid/12181343/1/71?keyword=ラデン寺]
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*井内真帆2000「カダム派の祖ドムトンについて」[https://dl.ndl.go.jp/pid/7966849/1/64?keyword=ラデン寺]
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[[category:中華人民共和国チベット自治区]]
[[category:中華人民共和国チベット自治区]]

2025年9月28日 (日) 時点における版

レティン寺(熱振寺、Reting)は、チベット・ラサ郊外にあるチベット仏教寺院。ラサ中心部から北東82kmにある。チベット仏教を中興した功績者の一人、アティーシャ(982-1054)の法統を継承称揚するためにその弟子のドムトゥン(1006-1064)が1056年に創建。アティーシャの遺骨も祀ったという。集まった僧侶集団がカダム派を形成する。カダム派衰退と共に15世紀初頭にゲルク派となる。チベット自治区ラサ市ルンドゥプ県唐古郷に属する。ラデン寺。ラディン寺。

歴史

  • 1042年:ガリ王チャンチュプウーに招かれ、西チベットに入る。ドムトゥンに招かれ、ウーツァンに来訪。

インドのヴィクラマシーラ寺院座主アティーシャは

  • 1054年9月18日:アティーシャ死去。
  • 1055年:ドムトゥンら弟子たちによりアティーシャの葬儀を行う。
  • 1056年:ドムトゥンがレティン寺を創建。タンカ・ペルチュンという人物の強い要請によりこの地に招かれたという。
  • 1751年:ガンデン寺54世のガワンチョクデン(1677-1751)はレティン寺に引退して、その系譜はレティン・リンポチェ(熱振活仏)として継承された[1]


資料

  • 多田等観『チベット滞在記』[2]
  • 井内真帆2000「カダム派の祖ドムトンについて」[3]
http://shinden.boo.jp/wiki/%E3%83%A9%E3%83%87%E3%83%B3%E5%AF%BA」より作成

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