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本妙寺浄池廟

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2025年11月5日 (水)

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'''浄池廟'''(じょうちびょう)は熊本県熊本市西区花園の[[肥後・本妙寺]]にある[[加藤清正]]の墓廟。清正公信仰の総本社。[[領主奉斎神社]]。熊本城の[[加藤神社]]の起源でもある。
'''浄池廟'''(じょうちびょう)は熊本県熊本市西区花園の[[肥後・本妙寺]]にある[[加藤清正]]の墓廟。清正公信仰の総本社。[[領主奉斎神社]]。熊本城の[[加藤神社]]の起源でもある。
==歴史==
==歴史==
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1611年(慶長16年)6月24日に加藤清正が熊本城で亡くなると中尾山に葬られた。1616年(元和2年)までに本妙寺が熊本城内から浄池廟のそばに移転し、墓廟守護の寺院となった。名称は清正の法名「浄池院殿永運日乗大居士」に由来する。拝殿と本殿から構成。本殿内に木像を祀り、その下に遺骸が埋葬されているという。1868年(明治1年)、浄池廟を神式で祭祀を行い、神仏分離に伴い、1871年(明治4年)に神霊を熊本城内に遷座して加藤神社が創建されるが、浄池廟も存続した。参道の途中に常夜燈があり、加藤忠広が夜闇で熊本城から遥拝する目印にしたという。加藤家の廃絶後、常夜燈もなくなったが、1974年(昭和49年)に市民の篤信者が寄進して再興された。(日本歴史地名大系ほか)
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1611年(慶長16年)6月24日に加藤清正が熊本城で亡くなると中尾山に葬られた。1616年(元和2年)までに本妙寺が熊本城内から浄池廟のそばに移転し、墓廟守護の寺院となった。名称は清正の法名「浄池院殿永運日乗大居士」に由来する。拝殿と本殿から構成。本殿は1897年(明治30年)再建で、拝殿は1889年(明治22年)の再建(『清正公と本妙寺』)。本殿内に木像を祀り、その下に遺骸が埋葬されているという。1868年(明治1年)、浄池廟を神式で祭祀を行い、神仏分離に伴い、1871年(明治4年)に神霊を熊本城内に遷座して加藤神社が創建されるが、浄池廟も存続した。参道の途中に常夜燈があり、加藤忠広が夜闇で熊本城から遥拝する目印にしたという。加藤家の廃絶後、常夜燈もなくなったが、1974年(昭和49年)に市民の篤信者が寄進して再興された。(日本歴史地名大系ほか)
寿像殿には寿像を祀る。生前の1609年(慶長14年)に制作された寿像。死後の1612年(慶長17年)に日遥が法華経を書写して納めた。1871年(明治4年)の神仏分離で没収され、その後所在不明になっていたが、西南戦争の兵火を経ても無事に残り、1918年(大正7年)に発見された。個人の家で祀られていたが、兵火で家が焼けたため本妙寺子院に預けられたものの霊像とは気が付かれずにいた。分霊を祀りたいという寺があり、その寺に贈る段取りで調査したが、中から上記の法華経が出てきて古像だと判明した。以来、大方丈に祀る。現在は寿像殿という社殿がある。(日鮮史話ほか)
寿像殿には寿像を祀る。生前の1609年(慶長14年)に制作された寿像。死後の1612年(慶長17年)に日遥が法華経を書写して納めた。1871年(明治4年)の神仏分離で没収され、その後所在不明になっていたが、西南戦争の兵火を経ても無事に残り、1918年(大正7年)に発見された。個人の家で祀られていたが、兵火で家が焼けたため本妙寺子院に預けられたものの霊像とは気が付かれずにいた。分霊を祀りたいという寺があり、その寺に贈る段取りで調査したが、中から上記の法華経が出てきて古像だと判明した。以来、大方丈に祀る。現在は寿像殿という社殿がある。(日鮮史話ほか)
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2025年11月5日 (水) 時点における最新版

熊本本妙寺・浄池廟-07.jpg

浄池廟(じょうちびょう)は熊本県熊本市西区花園の肥後・本妙寺にある加藤清正の墓廟。清正公信仰の総本社。領主奉斎神社。熊本城の加藤神社の起源でもある。

歴史

1611年(慶長16年)6月24日に加藤清正が熊本城で亡くなると中尾山に葬られた。1616年(元和2年)までに本妙寺が熊本城内から浄池廟のそばに移転し、墓廟守護の寺院となった。名称は清正の法名「浄池院殿永運日乗大居士」に由来する。拝殿と本殿から構成。本殿は1897年(明治30年)再建で、拝殿は1889年(明治22年)の再建(『清正公と本妙寺』)。本殿内に木像を祀り、その下に遺骸が埋葬されているという。1868年(明治1年)、浄池廟を神式で祭祀を行い、神仏分離に伴い、1871年(明治4年)に神霊を熊本城内に遷座して加藤神社が創建されるが、浄池廟も存続した。参道の途中に常夜燈があり、加藤忠広が夜闇で熊本城から遥拝する目印にしたという。加藤家の廃絶後、常夜燈もなくなったが、1974年(昭和49年)に市民の篤信者が寄進して再興された。(日本歴史地名大系ほか)


寿像殿には寿像を祀る。生前の1609年(慶長14年)に制作された寿像。死後の1612年(慶長17年)に日遥が法華経を書写して納めた。1871年(明治4年)の神仏分離で没収され、その後所在不明になっていたが、西南戦争の兵火を経ても無事に残り、1918年(大正7年)に発見された。個人の家で祀られていたが、兵火で家が焼けたため本妙寺子院に預けられたものの霊像とは気が付かれずにいた。分霊を祀りたいという寺があり、その寺に贈る段取りで調査したが、中から上記の法華経が出てきて古像だと判明した。以来、大方丈に祀る。現在は寿像殿という社殿がある。(日鮮史話ほか)

http://shinden.boo.jp/wiki/%E6%9C%AC%E5%A6%99%E5%AF%BA%E6%B5%84%E6%B1%A0%E5%BB%9F」より作成

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