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信濃・寂光寺

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2021年10月31日 (日)

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'''寂光寺'''は長野県飯田市座光寺(信濃国伊那郡)にあった[[古代寺院]]。[[定額寺]]。廃絶。(参考:同名寺院[[寂光寺]])
'''寂光寺'''は長野県飯田市座光寺(信濃国伊那郡)にあった[[古代寺院]]。[[定額寺]]。廃絶。(参考:同名寺院[[寂光寺]])
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『三代実録』866年(貞観8年)2月2日条に信濃国の5寺が定額寺に列した記事がみえ、その中に「伊奈郡寂光寺」がある。これ以外の記録はなく、所在地の不明だが、『下伊那史』では座光寺地区を跡地と推定している。その根拠は古代東山道が通り、郡衙があった要地だと推定され、[[元善光寺]]の境内や周辺から奈良時代後期の瓦が出土し、さらに近隣に古瓦の窯跡があること、大型寺院の礎石とみられる石が地区内の恒川遺跡から出土したことなどにあるという。(日本歴史地名大系)
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『三代実録』866年(貞観8年)2月2日条に「伊奈郡寂光寺」と[[信濃・錦織寺]]、[[更級・安養寺]]、[[屋代寺]]、[[信濃・妙楽寺]]の信濃国の5寺が定額寺に列した記事がみえる、これ以外の記録はなく、所在地の不明だが、『下伊那史』では座光寺地区を跡地と推定している。その根拠は古代東山道が通り、郡衙があった要地だと推定され、[[元善光寺]]の境内や周辺から奈良時代後期の瓦が出土し、さらに近隣に古瓦の窯跡があること、大型寺院の礎石とみられる石が地区内の恒川遺跡から出土したことなどにあるという。(日本歴史地名大系)
[[category:長野県]]
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2021年10月31日 (日) 時点における最新版

寂光寺は長野県飯田市座光寺(信濃国伊那郡)にあった古代寺院定額寺。廃絶。(参考:同名寺院寂光寺

『三代実録』866年(貞観8年)2月2日条に「伊奈郡寂光寺」と信濃・錦織寺更級・安養寺屋代寺信濃・妙楽寺の信濃国の5寺が定額寺に列した記事がみえる、これ以外の記録はなく、所在地の不明だが、『下伊那史』では座光寺地区を跡地と推定している。その根拠は古代東山道が通り、郡衙があった要地だと推定され、元善光寺の境内や周辺から奈良時代後期の瓦が出土し、さらに近隣に古瓦の窯跡があること、大型寺院の礎石とみられる石が地区内の恒川遺跡から出土したことなどにあるという。(日本歴史地名大系)

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