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景愛寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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2016年12月26日 (月) 時点における版
建治3年(1277)、理宝の発願で、無外如大が創建。 無外如大は無学祖元に師事。多くの末寺を擁し、景愛寺派を形成した。 室町時代に廃絶。跡地に無学寺がある。 江戸時代には寺はなくなったが、尼門跡の大聖寺と宝鏡寺が交代で景愛寺長老の職を務めたという。 寺宝は宝慈院に移されたという。
組織
住職
- 1無外如大:無着とも。北条顕時の側室?
- 2玉巌悟心
- 6華林恵厳女王
- 久巌理昌(1631-1656):後水尾天皇皇女。宝鏡寺門跡。
- 義山理忠(1641-1689):後水尾天皇皇女。宝鏡寺門跡。
- 徳巌理豊(1672-1745):後西天皇皇女。宝鏡寺門跡。
- 永秀女王(1677-1725):
- 逸巌理秀(1725-1764):中御門天皇皇女。宝鏡寺門跡。