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大村護国神社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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*1996年:鳥居建立。 | *1996年:鳥居建立。 | ||
==祭神== | ==祭神== | ||
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神饌料5円75銭は23人分(1人25銭と定められている)。靖国神社誌でも23柱とある | 神饌料5円75銭は23人分(1人25銭と定められている)。靖国神社誌でも23柱とある | ||
*01:牧英太郎: | *01:牧英太郎: | ||
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*21:松林廉之助: | *21:松林廉之助: | ||
石碑と一致しないので要確認 | 石碑と一致しないので要確認 | ||
+ | ===三十七士=== | ||
+ | 私祭祭神とみられる | ||
==画像== | ==画像== |
2024年3月27日 (水) 時点における版
大村護国神社は長崎県大村市玖島にある招魂社。官祭招魂社。天台宗円融寺跡地に建てられた。旧円融寺庭園がある。墓碑が並ぶが、官修墳墓ではなかったようだ(1901年の長崎県通達に「大村は墳墓なし」とある[1])。大村招魂社。隣接して春日神社がある。
目次 |
歴史
- 1868年:藩主大村純熙が松林飯山や戊辰戦争の戦死者を祀って創建。旌忠塋と称した。
- 1869年6月30日:3人を祀るように命じる[2]
- 1875年:招魂社と称する
- 1890年5月19日:長崎県、招魂社費と招魂社修繕費の定額を40円75銭と定める。内訳は修繕費20円、祭祀料10円、神饌料5円75銭、予備費5円。(達乙第570号[3])
- 1903年:三十七士碑の建立始まる。
- 1917年:三十七士碑の建立完了
- 1939年:大村護国神社と改称。指定外護国神社となる。
- 1969年:旧円融寺庭園の遺構を発見。整備を進める。
- 1993年:社殿改修。
- 1996年:鳥居建立。
祭神
官祭祭神
神饌料5円75銭は23人分(1人25銭と定められている)。靖国神社誌でも23柱とある
- 01:牧英太郎:
- 02:富永孫四郎:
- 03:村上源助:
- 04:内海五助:
- 05:沢島丈四郎:
- 06:井手伊八郎:
- 07:森治兵衛:
- 08:森継太郎:
- 09:浜田謹吾:
- 10:堀江良一:
- 11:上野実左衛門:
- 12:片山好馬:
- 13:淵山規矩蔵:
- 14:山田慎造:
- 15:香取官司:
- 16:朝長条平:
- 17:辻原四耶:
- 18:森連平:
- 19:隈喜八郎:
- 20:稲垣登守:
- 21:松林廉之助:
石碑と一致しないので要確認
三十七士
私祭祭神とみられる
画像
資料
- 三十七士碑文[4]