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馬出招魂社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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| - | *1868年(明治1年) | + | *1868年(明治1年)11月、福岡藩主黒田長知が戊辰戦争の戦没者を祀って創建。 |
| - | *1906年(明治39年) | + | *1877年8月:東公園開設[https://dl.ndl.go.jp/pid/762088/1/47] |
| - | *1938年(昭和13年) | + | *1890年6月5日:福岡県訓令第705号で「招魂社及墳墓費取扱規程」[https://dl.ndl.go.jp/pid/788730/1/41]を制定。招魂社費35円75銭、営繕費25円を定める。 |
| - | *1939年(昭和14年) | + | *1906年(明治39年)12月27日、妙見招魂社を馬出招魂社の隣接地に遷座(『福岡県神社誌』[https://dl.ndl.go.jp/pid/1040147/1/182]。『福岡県護国神社造営誌』では6/27とする[https://dl.ndl.go.jp/pid/12266279/1/31])。「妙見馬出招魂社」と称す。 |
| + | *1938年(昭和13年)1月21日、両招魂社を合祀して、「福岡招魂社」と改称した(『福岡県神社誌』。『靖国神社百年史』では1936年(昭和11年)とする)。 | ||
| + | *1938年(昭和13年)4月29日、日清戦争以来の戦没者を合祀(『福岡県神社誌』)。 | ||
| + | *1939年(昭和14年)4月1日、「福岡護国神社」となる(『福岡県神社誌』)。 | ||
*1943年(昭和18年)4月30日、福岡県護国神社に合祀された。 | *1943年(昭和18年)4月30日、福岡県護国神社に合祀された。 | ||
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==祭神== | ==祭神== | ||
靖国神社誌では103柱[https://dl.ndl.go.jp/pid/816146/1/27] | 靖国神社誌では103柱[https://dl.ndl.go.jp/pid/816146/1/27] | ||
2025年5月17日 (土) 時点における版
馬出招魂社(まいだし・しょうこんしゃ)は福岡県福岡市東区馬出にあった招魂社。官祭招魂社。妙見招魂社を合併合祀。福岡県護国神社に合祀された。旌忠祠、松原招魂社、千代松原招魂社、妙見馬出招魂社。福岡招魂社。福岡護国神社。馬出官修墳墓、千代松原陸軍墓地もあった。
目次 |
歴史
- 1868年(明治1年)11月、福岡藩主黒田長知が戊辰戦争の戦没者を祀って創建。
- 1877年8月:東公園開設[1]
- 1890年6月5日:福岡県訓令第705号で「招魂社及墳墓費取扱規程」[2]を制定。招魂社費35円75銭、営繕費25円を定める。
- 1906年(明治39年)12月27日、妙見招魂社を馬出招魂社の隣接地に遷座(『福岡県神社誌』[3]。『福岡県護国神社造営誌』では6/27とする[4])。「妙見馬出招魂社」と称す。
- 1938年(昭和13年)1月21日、両招魂社を合祀して、「福岡招魂社」と改称した(『福岡県神社誌』。『靖国神社百年史』では1936年(昭和11年)とする)。
- 1938年(昭和13年)4月29日、日清戦争以来の戦没者を合祀(『福岡県神社誌』)。
- 1939年(昭和14年)4月1日、「福岡護国神社」となる(『福岡県神社誌』)。
- 1943年(昭和18年)4月30日、福岡県護国神社に合祀された。
祭神
靖国神社誌では103柱[5]
画像
資料
- 「西南役福岡挙兵記念碑銘」[6]