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妙王院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)

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== 歴史 ==
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創建不詳。佐竹氏一族の宥円という修験者が住職となり、修験寺院となる。貞享元年、[[徳川光圀]]が[[聖護院門跡]]に依頼して妙王院宥学を大先達にしたという。[[入四間権現]](御岩神社)の別当となった。廃絶。跡地に芳賀神社がある。(日本歴史地名大系ほか)
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創建不詳。佐竹氏一族の宥円(佐竹義和の子)という修験者が住職となり、修験寺院となる。貞享元年、[[徳川光圀]]が[[聖護院門跡]]に依頼して妙王院宥学を大先達にしたという。[[入四間権現]](御岩神社)の別当となった。廃絶。跡地に芳賀神社がある。(日本歴史地名大系ほか)
==資料==
==資料==
*『開基帳』「山伏」
*『開基帳』「山伏」
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*『新編常陸国志』
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*『新編常陸国志』[https://dl.ndl.go.jp/pid/763974/1/83]
*「戸村氏譜」
*「戸村氏譜」
*「二階堂文書」:水府志料付録
*「二階堂文書」:水府志料付録
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*『東茨城郡誌』
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*『東茨城郡誌』「二階堂大先達」[https://dl.ndl.go.jp/pid/13196903/1/924]
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*『常澄村史 地誌編』
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[[category:茨城県]]
[[category:茨城県]]

2026年2月23日 (月) 時点における版

妙王院(みょうおういん)は、常陸国茨城郡(茨城県水戸市)栗崎にあった修験道本山派の寺院。本山派二十七先達の一つ。廃絶。明応院とも。通称は二階堂。(参考:同名寺院二階堂

歴史

創建不詳。佐竹氏一族の宥円(佐竹義和の子)という修験者が住職となり、修験寺院となる。貞享元年、徳川光圀聖護院門跡に依頼して妙王院宥学を大先達にしたという。入四間権現(御岩神社)の別当となった。廃絶。跡地に芳賀神社がある。(日本歴史地名大系ほか)

資料

  • 『開基帳』「山伏」
  • 『新編常陸国志』[1]
  • 「戸村氏譜」
  • 「二階堂文書」:水府志料付録
  • 『東茨城郡誌』「二階堂大先達」[2]
  • 『常澄村史 地誌編』
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%A6%99%E7%8E%8B%E9%99%A2」より作成

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