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七宝瀧寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
2025年9月14日 (日) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
七宝瀧寺(しっぽうりゅうじ)は、大阪府泉佐野市大木にある葛城修験の根本霊場の真言宗寺院。本尊は倶利伽羅大龍不動明王。修験道開祖役小角が大峰山以前に開山した寺院とされる。真言宗犬鳴派大本山。 葛城二十八宿の第8宿の燈明ケ岳の麓にある。志一が中興。1874年(明治7年)、金剛峰寺末となるが、1950年(昭和25年)に独立。山号の犬鳴山で知られる。
目次 |
歴史
燈明ケ岳の頂上には1459年(長禄3年)の銘のある経塚がある。
寺名は七つの滝があることによる。
1362年(正平17年/貞治1年)、誓度寺の志一が中興。天正年間に兵乱で焼失。
伽藍
- 本堂
- 霊現堂
- 鎮守堂
- 清瀧堂
- 観音堂
- 義犬塚
- 七宝瀧
- 両界の滝
- 塔の滝
- 弁財天の滝
- 小槻の滝
- 奥の滝
- 千丈の滝
- 布曳の滝
- 犬鳴山内不動三十六童子
- 犬鳴山内二十八宿
- 庫裏
- 修験道会館資料館
子院
- 蔵福院:廃絶か。
- 等持院:廃絶か。
- 輪蔵院:廃絶か。
- 辻室堂:廃絶か。
組織
歴代住職
- 志一()<>:紀伊国粉河出身。心地覚心の薫陶を受ける。京都奈良で学び、鎌倉で勝田寺を開く。誓度寺に入り、釈尊寺を創建。南朝の橋本正高の帰依を受けて1362年、犬鳴山を復興。渓間和尚。
- 願証?()<>:1376年、橋本正高の願で祈祷
- 根来寺真福院
- 祐尊?
- 片山秀範(-1911)<1900-1911>:1900年、七宝瀧寺住職。1911年10月21日死去。
- 東条隆哲(1873-1924)<1911->:阿波国出身。徳島藩士族。1873年生。真言宗連合高野山中学林校長。蓮華三昧院住職。1911年、宗会議員。同年6月、七宝瀧寺住職。1924年9月12日死去。『松山全集』[1]。
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