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戦没者中央納骨所
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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戦没者中央納骨所は沖縄県那覇市識名の識名霊園にあった国立の戦没者慰霊施設。沖縄の大規模慰霊施設も参照。
1957年(昭和32年)7月10日、日本政府は琉球政府に委託して、那覇市識名に「戦没者中央納骨所」を創建した(2002『読谷村史』「第七章 慰霊の塔は語る」インターネット版)。しかし、沖縄各地からの収骨が進むに連れて、収骨数が膨大な数となって、納骨所が狭隘となったため、本土復帰後の1979年(昭和54年)に「沖縄戦終焉の地」である糸満市摩文仁の県営平和記念公園内に国立沖縄戦没者墓苑が創建され、戦没者中央納骨所の遺骨が改葬された。
資料
- 1959『琉球史料第5集』[1]
- 1959『琉球要覧1958』[2]
- 1960『琉球要覧1959〜1960』[3]
- 1962『琉球要覧1961』[4]
- 1961『神社本庁十五年史』[5]
- 1961『厚生白書1960年度版』[6]
- 1964『厚生白書1963年度版』[7]
- 1982『還らぬ人とともにー沖縄県遺族連合会三十周年記念誌』「中央納骨所に転骨した納骨所」[8]
- 上杉和央2006「那覇から摩文仁へ-復帰前沖縄における「慰霊空間の中心」」『20世紀研究』7
- 上杉和央2006「「慰霊空間の中心」形成のなかで」[9]