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丹南・来迎寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
2015年11月27日 (金) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
来迎寺 らいごうじ | |
概要 | 融通念仏宗開祖・中興の良忍、法明の旧跡。 |
奉斎 | 阿弥陀如来 |
所在地 | 大阪府松原市 |
所在地(旧国郡) | 河内国丹南郡 |
所属(現在) | 融通念仏宗 |
格式など | 河内六別時、融通念仏宗中本山(近代) |
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概要
来迎寺(らいごうじ)は、大阪府松原市(河内国丹南郡丹南村)にある融通念仏宗寺院。河内六別時(中本山)の一つで、「十箇郷別時」と呼ばれた。丹南藩高木家の菩提寺。本尊は阿弥陀如来。諸仏山護念院と称す。(参考:同名寺院来迎寺)
かつては毘沙門院、多聞院という草庵であったが、天承元年5月、鳥羽上皇の勅願により良忍が寺院を創建し、阿弥陀寺と称した。のち法明が正中元年(1324)に再建し、河内六別時の一つとなった。元亨3年(1323)の再建ともいう。
江戸時代、それまで挽道場だったのが、承応元年(1652)、領主に寺地を申請し現在地を与えられて寺院となったという。あるいは正保4年(1647)に再建されたともいうが不詳。隣に丹南藩の丹南陣屋があった。丹南藩高木家の墓地がある。法明の衣が残されており、供養塔もある。本尊の阿弥陀如来画像は法明が菅生神社(堺市美原区)で感得したものという。
参考文献
- 『大阪府全志』4巻
- 松原市ウェブサイト[1]
- 塩野芳夫著、1995『近世畿内の社会と宗教』和泉書院