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仏立寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年3月25日 (月)
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- | '''仏立寺''' | + | '''仏立寺'''(ぶつりゅうじ)は、滋賀県大津市追分町にある、[[日蓮宗]][[日隆門流]]系の新宗教[[本門仏立宗]]の寺院。同宗の由緒寺院(四箇道場)の一つで、同宗の最初の寺院という。山号は長松山。 |
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+ | 安政6年(1859)8月、日扇が中大谷で大津本門仏立講を設立したのが起源。文久2年4月、法華堂を現在地に建立。元治元年の蛤御門の変の大火災で居を失った日扇は、法華堂の隣に屋敷を建てて住んだ。明治元年7月29日、讒訴により日扇は逮捕された。これを大津法難という。よって仏立寺は法難の聖地ともされる。明治12年、寺号を認められ、仏立寺と称す。日扇の分骨墓がある。(寺院ウェブサイト) | ||
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2019年3月25日 (月) 時点における最新版
仏立寺(ぶつりゅうじ)は、滋賀県大津市追分町にある、日蓮宗日隆門流系の新宗教本門仏立宗の寺院。同宗の由緒寺院(四箇道場)の一つで、同宗の最初の寺院という。山号は長松山。
歴史
安政6年(1859)8月、日扇が中大谷で大津本門仏立講を設立したのが起源。文久2年4月、法華堂を現在地に建立。元治元年の蛤御門の変の大火災で居を失った日扇は、法華堂の隣に屋敷を建てて住んだ。明治元年7月29日、讒訴により日扇は逮捕された。これを大津法難という。よって仏立寺は法難の聖地ともされる。明治12年、寺号を認められ、仏立寺と称す。日扇の分骨墓がある。(寺院ウェブサイト)