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備前・霊山寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
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2017年9月24日 (日) 時点における版
霊山寺は、岡山県赤磐市の熊山にあった古代寺院。奈良時代に築かれた11m四方の3層ピラミッド状の石積み遺構の熊山遺跡で知られる。備前国和気郡。熊山神社別当。戒光院と号す。霊山院・霊仙寺ともいう。山号は帝釈山。(参考:同名寺院霊山寺)
歴史
天平年間、来日した鑑真が平城京に向かう途中に熊山に霊気を感じ、霊山寺を創建。その後、地蔵菩薩が祀られた。南北朝時代には児島高徳が熊山城で挙兵している。応仁2年に奉納された梵鐘が総社市の宝福寺に現存。江戸時代には天台宗となっており、熊山権現宮、観音堂、帝釈堂、宝篋印塔があった。熊野信仰や熊野三山と関係もあるか。熊山遺跡も鑑真が開いたという伝承があり、江戸時代には戒壇跡と思われていたが現在は否定されている。特殊な仏塔の一種とみられるが詳細は不明。同様の遺構が山中に約30基見つかっている。平城京の頭塔や和泉国の土塔との関連も指摘されている。霊山寺は明治の神仏分離で廃絶。熊山神社と宝篋印塔が現存。 『国史大辞典、日本歴史地名大系ほか)