ようこそ『神殿大観』へ。ただいま試験運用中です。 |
寺町・阿弥陀寺
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
(版間での差分)
1行: | 1行: | ||
+ | [[file:Kokudo0249.jpg|thumb|300px|阿弥陀寺(国土地理院空中写真より)]] | ||
'''阿弥陀寺'''(あみだじ)は、京都府京都市上京区にある、[[織田信長]]の本墓があるとされる[[浄土宗]]寺院。[[浄土宗知恩院派]]。(参考:同名寺院[[阿弥陀寺]]) | '''阿弥陀寺'''(あみだじ)は、京都府京都市上京区にある、[[織田信長]]の本墓があるとされる[[浄土宗]]寺院。[[浄土宗知恩院派]]。(参考:同名寺院[[阿弥陀寺]]) | ||
信長の帰依を受けた'''清玉'''が創建。本能寺の変の直後、清玉が明智光秀の承諾を得て、遺骸を弔い、一党を供養したという。当初は蓮台野にあったが、[[豊臣秀吉]]の寺町整備で現在地に移転した。大正6年の信長増位の時、勅使が当寺に参向した。[[Category:京都府]] | 信長の帰依を受けた'''清玉'''が創建。本能寺の変の直後、清玉が明智光秀の承諾を得て、遺骸を弔い、一党を供養したという。当初は蓮台野にあったが、[[豊臣秀吉]]の寺町整備で現在地に移転した。大正6年の信長増位の時、勅使が当寺に参向した。[[Category:京都府]] |
2020年7月5日 (日) 時点における版
阿弥陀寺(あみだじ)は、京都府京都市上京区にある、織田信長の本墓があるとされる浄土宗寺院。浄土宗知恩院派。(参考:同名寺院阿弥陀寺)
信長の帰依を受けた清玉が創建。本能寺の変の直後、清玉が明智光秀の承諾を得て、遺骸を弔い、一党を供養したという。当初は蓮台野にあったが、豊臣秀吉の寺町整備で現在地に移転した。大正6年の信長増位の時、勅使が当寺に参向した。