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山国護国神社
出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-)
2021年9月25日 (土) 時点におけるWikiSysopKARASUYAMA (トーク | 投稿記録)による版
'山国護国神社は、京都府京都市右京区京北辻町清水谷(丹波国桑田郡)にある招魂社。祭神は戊辰戦争から第二次大戦までの戦没者173柱。山国神社の近くにある。薬師堂に隣接。官祭招魂社、指定外護国神社。山国招魂社、薬師山招魂社、'薬師山招魂場、辻招魂社とも。
歴史
明治1年、山陰道鎮撫総督の西園寺公望の檄文に応じて山国郷から83人が維新政府の東征軍に加わった。山国隊と呼ばれた。 うち35人は鳥取藩軍に加わり、中山道を経て江戸に向かう途中、4月22日、壬生、安塚の戦いで3人が戦死。江戸でも犠牲者を出した。 山国隊は明治2年2月に凱旋。薬師山に7人の霊を祀ったのが起源。
明治5年10月、山国隊元隊長らが創建したともいう。 『靖国神社誌』では明治2年2月創建とある。
『もりのしげき』では「薬師山私祭招魂社」とあるが、その後、「官祭薬師山招魂社」などとある。 配布の由緒書では当初は「丹波山国薬師山招魂場」と称したという。