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延暦寺宝幢院

出典:安藤希章著『神殿大観』(2011-) 最終更新:2019年8月21日 (水)

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'''延暦寺宝幢院'''は、滋賀県大津市の[[比叡山]][[延暦寺]]の西塔地区東谷にあった[[天台宗]]寺院。本尊は[[千手観音]]・[[不動尊]]・[[毘沙門天]]。[[最澄]]が構想した十六院の一つ。現在の[[延暦寺転法輪堂|釈迦堂]]の北東にあった。廃絶したが、付属の[[延暦寺相輪塔|相輪塔]]が存続している。宝幢院は'''西塔地区の総称'''として使うこともある。'''法華延命宝幢院'''。(参考:同名寺院[[宝幢院]])
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'''延暦寺宝幢院'''は、滋賀県大津市の[[比叡山]][[延暦寺]]の西塔地区東谷にあった[[天台宗]]寺院。本尊は[[千手観音]]・[[不動尊]]・[[毘沙門天]]。[[最澄]]が構想した十六院の一つ。現在の[[延暦寺転法輪堂|釈迦堂]]の北東にあった。廃絶したが、付属の[[延暦寺相輪塔|相輪塔]]が存続している。宝幢院は'''西塔地区の総称'''として使うこともある。'''法華延命宝幢院'''。[[六所宝塔]]のうち[[安中宝塔]](山城宝塔院)にみなす場合もあるが別に[[延暦寺西塔院|西塔院]]があったので不詳。(参考:同名寺院[[宝幢院]])
== 歴史 ==
== 歴史 ==
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付属する相輪塔のほうが建立が早い。相輪塔は最澄存命中の820年(弘仁11年)9月、自筆の法華経など22部58巻の経典を納めるために建立。最澄の死後、宝幢院の堂宇は、西塔地区を管轄する恵亮が嘉祥年間(848-851)に惟仁親王([[清和天皇]])の[[御願寺]]として建立。親王の即位を祈願したという。恵亮は宝幢院検校の初代。859年(貞観1年)8月には涅槃経と維摩経の年分度者2人が認められた。堂宇は南北朝時代までには廃絶したらしい。織田信長の焼き討ち以前には跡地に恵亮堂があったという。鎮守として[[伊勢信仰|伊勢]]・[[八幡]]・[[賀茂]]・[[鹿島]]・[[熱田]]・[[山王信仰|山王]]を祀る六所社があった。相輪塔は再建を繰り返して現存する。(日本歴史地名大系)
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付属する相輪塔のほうが建立が早い。相輪塔は最澄存命中の820年(弘仁11年)9月、自筆の法華経など22部58巻の経典を納めるために建立。最澄の死後、宝幢院の堂宇は、西塔地区を管轄する恵亮が嘉祥年間(848-851)に惟仁親王([[清和天皇]])の[[御願寺]]として建立。親王の即位を祈願したという。恵亮は宝幢院検校の初代。859年(貞観1年)8月には涅槃経と維摩経の年分度者2人が認められた。919年(延喜19年)、979年(天元2年)、984年(永観2年)に修復されたようだ。堂宇は南北朝時代までには廃絶したらしい。織田信長の焼き討ち以前には跡地に恵亮堂があったという。鎮守として[[伊勢信仰|伊勢]]・[[八幡]]・[[賀茂]]・[[鹿島]]・[[熱田]]・[[山王信仰|山王]]を祀る六所社があった。相輪塔は再建を繰り返して現存する。(日本歴史地名大系)
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のち宝幢院検校は[[妙法院門跡]]が兼務した。
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2019年8月21日 (水) 時点における最新版

延暦寺宝幢院は、滋賀県大津市の比叡山延暦寺の西塔地区東谷にあった天台宗寺院。本尊は千手観音不動尊毘沙門天最澄が構想した十六院の一つ。現在の釈迦堂の北東にあった。廃絶したが、付属の相輪塔が存続している。宝幢院は西塔地区の総称として使うこともある。法華延命宝幢院六所宝塔のうち安中宝塔(山城宝塔院)にみなす場合もあるが別に西塔院があったので不詳。(参考:同名寺院宝幢院

歴史

付属する相輪塔のほうが建立が早い。相輪塔は最澄存命中の820年(弘仁11年)9月、自筆の法華経など22部58巻の経典を納めるために建立。最澄の死後、宝幢院の堂宇は、西塔地区を管轄する恵亮が嘉祥年間(848-851)に惟仁親王(清和天皇)の御願寺として建立。親王の即位を祈願したという。恵亮は宝幢院検校の初代。859年(貞観1年)8月には涅槃経と維摩経の年分度者2人が認められた。919年(延喜19年)、979年(天元2年)、984年(永観2年)に修復されたようだ。堂宇は南北朝時代までには廃絶したらしい。織田信長の焼き討ち以前には跡地に恵亮堂があったという。鎮守として伊勢八幡賀茂鹿島熱田山王を祀る六所社があった。相輪塔は再建を繰り返して現存する。(日本歴史地名大系)

組織

のち宝幢院検校は妙法院門跡が兼務した。

歴史検校

  • 1恵亮():
  • 2常済():
  • 3延最():
  • 4増命():
  • 5湛誉():
  • 6深行():
  • 7仁照():
  • 8弁目():
  • 9延昌():
  • 10昭目():
  • 11〓主():
  • 12暹賀():
  • 13〓命():
  • 14聖救():
  • 15覚慶():
  • 16院源():
  • 17成秀():
  • 18妙尊():
  • 19如源():
  • 20実馨():
  • 21教円():
  • 22源心():
  • 23良禅():
  • 24良光():
  • 25平源():
  • 26勝範():
  • 27〓空():
  • 28俊覚():
  • 29実源():
  • 30永順():
  • 31長教():
  • 32澄心():
  • 33貞尋():
  • 34澄心():
  • 35任尊():
  • 36永範():
  • 37頼延():
  • 38忠尋():
  • 39源暹():
  • 40覚実():
  • 41良恵():
  • 42快修():
  • 43昌雲():
  • 44円仙():
  • 45延源():
  • 46円実():
  • 47頼仁():
  • 48覚算():
  • 49円定():
  • 50実修():
  • 51円定():
  • 52忠雲():
  • 53実宴():
  • 54栄全():
  • 55実全():
  • 56仙範():
  • 57実全():
  • 58円長():
  • 59経源():
  • 60成円():
  • 61円長():
  • 62成円():
  • 63円伊():
  • 64公暁():
  • 65成円():
  • 66明昌():
  • 67公暁():
  • 68良性():
  • 69宗雲():
  • 70成源():
  • 71尊雲():
  • 72成源():
  • 73承兼():
  • 74最守():
  • 75承兼():
  • 76尊源():
  • 77尊雲():
  • 78公証():
  • 79承源():
  • 80公証():
  • 81円守():
http://shinden.boo.jp/wiki/%E5%BB%B6%E6%9A%A6%E5%AF%BA%E5%AE%9D%E5%B9%A2%E9%99%A2」より作成

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